講義2 高齢者に対する全人的包括的医療

 

すべての臓器の診療に精通するのが理想ですが、それはなかなか困難なことです。しかし、老年科医には、さまざまな臓器にわたる多くの疾患のなかから、どういった優先順位で治療をしていくかの判断が求められます。少なくとも、高齢者の診療の中で特に重要と思われる疾患や病態については、臓器にかかわりなくバランスよく診療する姿勢が求められています。

 本稿では、はじめて老年病科の患者様を受け持つことになった研修医が最低知っておくべき項目に限り述べます。

 

主治医による病棟でのリハビリテーション

 

緊急入院時には、救急担当医より「ベット上安静」「絶食・補液」「膀胱カテーテル留置」が指示されている場合が多い。病状により止むを得ないが、これらの指示の無意味な継続は高齢患者における廃用症候群やせん妄の出現を助長するので注意が必要である。できるだけ早く、入院前の生活にもどすことが重要である。

高齢患者を受け持ったら主治医がまずすべきこと

1.患者さんの診察と家族との面接

  高齢者総合的機能評価CGA、老年症候群のチェック、

  家族、介護者、訪問看護師などに患者さんの自宅での状態やご家族の患者さんへの関わりを聞き取る(日常生活活動度、生活習慣、行動上の問題、家庭介護力、経済状況などなど)

  →退院困難のリスク評価、廃用症候群のリスク評価、老年症候群の評価
  →医療社会福祉部、リハビリテーション部、老年病科への早めのコンサルテーション
2.安静度アップ

  絶対安静→ベットアップ○度→端座位可→立位可→トイレ歩行可→病棟内歩行可→院内歩行可

  *可能な限り早期に、患者さんに装着されたチューブ類(点滴を含む)をはずす。

3.栄養管理(食上げ)

  摂食機能面;絶食→水分摂取可(誤嚥があれば半固形食のみ可)→おかゆ可→普通食(病態食)可

  栄養面;末梢からの補液が長引きそうなら、中心静脈栄養や経管栄養にして、低栄養を予防

  *嚥下障害の治療は「胃廔」ではなく、「嚥下リハビリテーション」

4.排泄管理

  バルーンカテーテル留置→尿器→ポータブルトイレ→病棟トイレ

  *排尿障害がありカテーテルが必要な場合も、間歇(自己)導尿に移行するなど不要な留置はさける

5.精神的刺激

  頻回の声かけ、スタッフステーションヘつれてくる

  家族に刺激の必要性を説明し、できるだけお見舞いに来てもらう

6.不安の除去

  病状の説明(特に機能的予後の説明)を早く行い、本人や家族の気持ちを退院後の生活準備に早めに移行

  退院援助を得意とするスタッフと早めにコンタクトを取らせ、退院後の問題点と対策を具体的化する

老年症候群

 

 病棟主治医は入院時に、以下に示すような老年症候群の有無をチェックする。必ずしも入院の目的とはなっていないこれらの症候が、患者様や家族介護者の懸案になっている場合があることを考慮する。


加齢により変化しない症候群

□ めまい  □ 転倒  □ 骨折 □ 睡眠時呼吸障害  □ 不眠 

□ 意識障害 □ 頭痛 □ 息切れ □ 喀血 □ 腹痛 □ 下痢 

□ 黄疸 □ 吐下血 □ 胸腹水 □ 腹部腫瘤 □ リンパ節腫脹

□ 低体温 □ 肥満 

 

前期高齢者で増加する症候群

痴呆 脱水 麻痺 骨関節変形 便秘

視力低下 発熱 関節痛 腰痛 浮腫 

□ 喀痰・咳嗽  □ 喘鳴 □ 食欲不振  □ 体重減少

□ 悪心・嘔吐  □ 呼吸困難 □ 言語障害

 

後期高齢者で増加する症候群

ADL低下 骨粗鬆症 椎体骨折 嚥下困難

□ 尿失禁  □ 頻尿  □ せん妄  □ うつ  □ 褥瘡  □ 難聴

□ 貧血  □ 低栄養  □ 出血傾向  □ 胸痛  □ 不整脈

 

廃用症候群

 

 病棟主治医は、入院中に治療にとめなう安静により以下に示すような廃用症候群が出現していないかどうかを常に監視する。過度の安静をさけ、できる限り廃用症候群を予防する。


T. 局所性廃用症候

1.関節拘縮

2.筋廃用萎縮  a.筋力低下 b.筋持久性低下

3.骨粗鬆症 →高カルシウム尿  →尿路結石

4.皮膚萎縮

5.褥創

6.静脈血栓症

U. 全身性廃用症候

1.心肺機能低下  a.一回心拍出量減少 b.頻脈 c.肺活量減少 d.最大換気量減少

2.起立性低血圧

3.易疲労性

4.消化器機能低下 a.食欲不振 b.便秘

5.利尿・ナトリウム利尿・血液量現象(脱水)

V.精神・神経性廃用症候

1.知的活動低下

2.うつ傾向

3.自律神経不安定

4.姿勢・運動調節機能低下

 

高齢者に対する全人的包括的医療を行う上での基本的考え方

 

 高齢者の診療を行う上で、最も留意すべき点は、ある疾病によりもたらされた障害が、別の疾病の原因になるという悪循環の形成が容易に起こりやすいということである。

 例えば、脳梗塞により嚥下障害の後遺症が残った場合、それに伴い誤嚥性肺炎が発症し、今度は肺炎の治療のために安静にしていたところ、廃用性の筋力低下がもたらされ歩行が不安定となり、転倒し大腿骨頚部骨折を受傷した。今度、骨折の手術のため膀胱留置カテーテルで管理していたところ膀胱機能の廃用性障害を併発し、尿失禁となってしまった。尿失禁のため外出がおっくうになったためうつ状態となり、最終的には認知症を発症。認知症のため、自己の内服薬の管理能力が低下し、高血圧の内服治療がおろそかになっていたところ再び脳梗塞を発症し、今度は片麻痺の後遺症が残った。といった具合である。こういった患者さんは、神経内科→呼吸器内科→整形外科→泌尿器科→精神科などを点々とする。それぞれの診療科では、ある特定臓器疾患の治療中心のケアをうけるものの、他の臓器障害の予防のためのケアがおろそかになるために、このような悪循環に陥ってしまうわけである。若年者にはない高齢者の特徴であり、老年科医が全身を診なくてはならない所以である。

 では、具体的にどういった視点で診療にあたればよいのか。

 非常に重要なことは、障害のスクリーニングである。特に重要なものは、高齢者総合的機能評価としてまとめられているわけだが、ベットサイドでは、これらを以下のように整理して評価するとよい。このときに参考にすべきは、リハビリテーション医学における評価の考え方である。

 

1.疾患;医学的診断

2.機能障害

精神機能(認知、気分)

運動機能(歩行、姿勢反射、上肢巧緻運動、運動耐用能)

感覚機能(視力、聴力、痛み・痺れ、皮膚)

摂食機能(咀嚼、嚥下、食欲、栄養状態)

排泄機能(排尿、排便)

3.活動

日常生活(基本的ADL、手段的ADL)

4.参加

職業、育児・介護、地域活動、役割

5.環境

家族、家屋、地域

 

以上の項目においてなんらかの問題がある場合、自分の専門領域や特定臓器と関係なく迅速に対応する。この際に、臓器別内科・外科学の知識よりも、マイナー診療科の知識やリハビリテーション医学、精神医学の知識が有用である場合が多い。自分の専門外であるならば、さまざまな診療科の医師や専門職の協力体制を構築する。