講義6 せん妄と意識障害

 

せん妄とは、特に重症患者を診療する機会の多い大学病院では、非常にありふれた症候である。「不穏」「夜間せん妄」「術後せん妄」「ICU症候群」なども、基本的にはこのせん妄の中に含まれる。

 しかし、うつや認知症と同様に、このような精神状態の変調は、適切に診断されていない場合が多い。一番の理由は、担当医師は、発症前の状態を知らないからである。入院中の発症であれば、少なくとも看護師には気づかれるわけだが、医師の場合、精神科医や老年病科医でないかぎり、入院時に精神状態を適切に評価されていない場合が多い。何かおかしいなと思っても、もともとこういう方だったのだろうと思ってしまうと、せん妄の診断機会を逸してしまう。

 MMSEやHDSRなどの知的機能障害のスクリーニング検査にて異常を認めた場合、それが病歴と照らし合わせて、以前からあったのか、それとも急に発症しているのかを見極める。

 急な発症であれば、せん妄を疑う。

 

せん妄の診断基準DSMW-TR

1.注意を集中し,持続し,転導する能力の低下を伴う意識障害(すなわち、環境認識における清明度の低下

2.認知の変化(記憶欠損,失見当識,言語障害など)または,すでに先行し,確立され,または進行中の痴呆ではうまく説明できない知的障害の出現。

3.その障害は短期間のうちに出現し(通常数時間から数日),1日のうちで変動する傾向がある。

4.病歴,身体診察,または臨床検査所見から障害が全身性内科疾患の直接の生理的な結果であることを示す。

 

せん妄の原因
 せん妄は,正常な脳の人に生じることがあるが,痴呆のような潜在的な脳疾患のある人により多く生じる。高齢者にはさらに普通にみられ,おそらく神経伝達物質内の変化,老人性の脳細胞消失,随伴性疾患によるものと思われる。せん妄は,一次性脳疾患が原因のことも,身体のどこかの疾患が脳を侵すこともある。代謝性,中毒性,構造性,または感染性の原因のことが多い。原因に関係なく,大脳半球,間脳視床,脳幹の網様体賦活系の覚醒機序が生理学的に機能障害に陥る。急性疾患にさらに付加された睡眠障害や極端なストレスは,せん妄の症状を悪化させることがある(集中治療室精神病の場合と同じ)。

 

@       代謝性または中毒性:実際には,いかなる代謝性疾患もせん妄を起こすことがある。高齢者の場合,薬物副作用が最も一般的な原因である。

 <代謝性疾患>

無酸素症、高カリウム血症、副甲状腺機能亢進症、甲状腺機能亢進症、低血糖、低カリウム血症、甲状腺機能低下症、代謝性アシドーシス、脳震盪後、発作後状態、一過性脳虚血

 <薬物>

制吐薬、抗ヒスタミン薬(例,ジフェンヒドラミン)、抗パーキンソン病薬、抗精神病薬、鎮痙薬、筋弛緩薬、三環系抗うつ薬、アルコール、降圧薬、ベンゾジアゼピン、シメチジン、ジゴキシン、麻薬、その他の中枢神経系抑制薬

A       構造的原因:せん妄を突然生じさせる構造病変として,血管閉塞,脳梗塞,クモ膜下出血,脳出血,原発性または転移性脳腫瘍,硬膜下血腫,脳膿瘍がある。大部分の構造病変はCTまたはMRIで検出でき,多くは身体診察中に見出しうる局所性神経学的徴候がある。

B       感染性:せん妄が,急性髄膜炎,脳炎,脳以外の感染による恐らくは毒素の同化作用,発熱により,起こることがある。肺炎(たとえ酸素欠乏がなくても),尿路感染,肺血症,ウイルスによる発熱が脆弱性の脳に精神錯乱を生じさせることがある。緩徐発達する塞栓性膿瘍や日和見感染は臨床的診断が困難であり,場合によっては,適切な評価のために脳生検が必要となる。

 

 

症候
 せん妄の症状はしばしば急速に変動する。それは分単位で生じることもあり,夕方になると悪化する(日暮れどき症状)傾向がある。最も顕著なのは,時間や場所または人に対する見当識障害に伴って起る意識混濁である。注意力は低下する。日々の出来事や日常の事柄についての混乱が普通である。人柄や感情の変化もよくある。症状は,短気,不適切な行動,恐怖心,過剰精力,あるいは妄想症,幻覚症(通常視覚性),偏執症のような,あえて率直にいって精神病的な症状からなる。人によって,もの静かになったり,引っ込み思案になったり,無感動になったりするのに,興奮しやすくなったり,活動亢進状態になる人もいる。身体的情動不安はぺーシングによって表現されることが多い。患者は少しの間矛盾する情緒をみせることがある。思考の仕方は支離滅裂となり,話し方は目立って不明瞭な発音,早口,新造語,失語症的間違い,雑然としたパターンなどが一緒になり,しばしば訳のわからないものになる。正常の睡眠や食事パターンは,たいていひどくゆがめられる。めまいを経験する患者もいる。

診断
 せん妄の予後は深刻であり,潜在的な病気は治療可能なので,早急に医療評価を行う必要がある。ある推定値によれば,入院したせん妄の高齢者のうちの18%は死亡する。また,錯乱を発現する患者は,発現しない患者に比べて入院期間は2倍に達する。
 診断はほとんど完全に臨床所見に基づく。診断基準を表171-3に示す。臨床検査として,生化学一式,骨髄像など全血球計算,米国性病研究所試験(VDRL)のような梅毒検査,尿検査とその培養,血液培養,甲状腺機能検査,ビタミンB12値,中毒に関するスクリーニングを行わなければならない。てんかん重積持続状態(成人の場合症例はごくまれ)や脳炎の疑いがない限り,脳波検査,腰椎穿刺,SPECT,ポジトロンCTは有用ではない。単純および造影CTにより古い梗塞や新しい梗塞,硬膜下血腫が検出できる。
 感情鈍麻を伴うせん妄と,うつ状態とは併存していることもあるが,とくに高齢者では区別しなければならない。同様に,せん妄を伴う精神興奮や幻覚も機能性精神病と区別する必要がある。機能的精神病は,せん妄状態(または中毒に罹患した)の患者にみられる精神障害で,ほとんどいつも見当識障害,記憶喪失,認知覚障害をもっていない。躁病または精神分裂症型障害の病歴があるときには,精神疾患の存在を示唆する。
 全身性の内科疾患はせん妄の発生を促進することがあり,治療開始に当たり,これを探索しなければならない;この例としてウェルニッケ-コルサコフ症候群がある。本症は,錯乱,見当識障害,記憶喪失を特徴とする。低体温,頻脈,低血圧,振戦,眼筋麻痺は,アルコールに関連した疾患を強く示唆する。欠神と複雑性部分発作からなるてんかん重積持続状態では,せん妄と区別困難な錯乱状態を生じることがある。しかし,発作状態は,せん妄に比し困惑の様相は明確ではあるがさほど重症ではなく,また嗜眠性も強くない。てんかんに罹った患者は,一見錯乱状態ではあっても,通常大部分のせん妄患者と比べて驚く程によい方向感覚をもっている。非けいれん性てんかん状態は,脳波によって容易に検出できる。脳波上スパイク除波や鋭波放電があると,診断に役立つ。せん妄だけがけいれん性てんかん状態の発生を促進することはめったにない,しかし,全身性強直間代性発作は,しばしば1〜2日以内にせん妄の状態に陥る。脳症では,両半球の脳波はα波よりも遅い徐波を示す。三層波が肝性脳症や腎性脳症に現れることがある。

治療
 潜在的原因を迅速に確認し,これを適切に処置した場合,特に原因が低血糖,感染,医療性因子,薬物毒性,電解質平衡異常のときには,症状は通常可逆的である。しかし回復はゆっくりであり(数日,数週間ないし数カ月のことさえある),特に高齢者は遅い。
 すべての不必要な薬物は中止する。診断された疾患を治療し,水分補給,栄養補給を行う。アルコール乱用や禁断症状の疑いのある患者には吸収を確実にするために,毎日チアミン100mg筋注を少なくとも5日間行う。入院中,このような患者は,自律神経障害や錯乱が悪化することから禁断症状がはっきりするので,これらの徴候についてモニターする必要がある。
 病室はできるだけ静かで落ち着いたものとする。照明は暗くするが真っ暗ではない方がよい。医療関係者や家族の人達には,患者を元気づけ,環境になじむようにさせ,あらゆる機会に状況などを説明する。必要でない限り,内在疾患を改善させるための付加的な薬物は避ける。しかし,ときには精神興奮は症状に応じて治療する。特にその症状が患者本人,看護人,医療関係者の安全を脅かす場合に必要である。慎重に拘束し,患者が静注などパイプラインを引き抜かないようにする。拘束具は,その使い方の訓練を受けた人が取り付け,損傷を生じないように少なくとも2時間毎に自由にし,できるだけ早く止めるようにする。
 せん妄の治療薬物の選択に参考になるような科学的データはほとんどない。少量のハロペリドールの投与(わずか0.25mg経口,静注,または筋注)またはチオリダジン(5mg経口)がせん妄の患者の治療に有用である。比較的多量の投与(ハロペリドール2〜5mg,チオリダジン10〜20mg)がときに必要である。ハロペリドールに代わってリスぺリドンのような最新の薬物が経口療法で用いられるようになった。これは静注,筋注はできない。短期間ないし中期間作用するベンゾジアゼピン(例,アルプラゾラム,トリアゾラム)は,しばらくの間精神興奮を制御することができる;ベンゾジアゼピンは錯乱を悪化させることがあるが,必要であれば,最少有効量を投与する。回復の評価ができるように全ての精神興奮薬はできる限り減量し,可能な限り早く投与を中止する。