「恐いんで良く辺りに注意しながらシンチョーに下ったよ。」
 野反湖から根広集落まで通称根広尾根を自転車で下った様子を話すうちに、
スズメバチへの話になった。
「スズメバチって日本で最強最悪のセーブツだって。恐いよなー。」
「恐いよねー。」

  翌日、草軽軽便鉄道の線路跡を辿った。

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 県道を横切り再びヤブに走り込んだ。すぐにその濃さに詰まったが踏み
分けた跡があった。
 釣り人かも知れない。 
 そこを目指そうとした時、手にツンと痛みが走った。

コバちゃんはズンとした痛みだったというが、それほどキョーレツな
    痛みは感じなかった。

 ハチだ!
 手を見ると青い軍手にスズメバチが2匹止まっていた。
 5cmもある。
 オオスズメバチだった。
 さらに立て続けに痛みがふたつ。3つ目の痛みの時はそれが腱を伝わっ
て手首までひびいた。
 払うような動作は危険!というのが頭にあり、静かにそこを離れた。
 自転車は放り出したままだ。

 アレルギー抗体反応が心配だ。2年前にミツバチに刺されたときは2週
間かゆみに悩まされ、そしてその後じんま疹が出た。
 10数年前にアシナガバチに刺された時の傷跡は深く肌を化膿させて今
でも残っている。
  ガキの頃から数えたら何度ハチに刺されたか。
 それだけに俺の体の中には抗体がしっかりとできあがっていることだろ
う。

「コバちゃん、電話で車呼んで。」  コバちゃんも刺された個所を強くつまむのに夢中で聞こえなかったの か。 「コバちゃん、車呼んで。」  もう一度言った。 「ほんとに呼ぶの。」  たかがハチに刺されたくらいでと思っているのだろうか。  なに悠長なこと言ってるんだ、死んでもいいのか。  本気でそう思った。  その間も傷口を吸い続けた。3個所もあるので何処から吸って良いのか 悩みながら。  毒は飲んでもダイジョーブだったっけ。 やがて臨月のデコッパチが腹を抱えるように車を運転してやって 来た。  近くの診療所は休みだった。  何処へ行ったら良いか二人がもめている。  何処でもイーから早く連れて行ってくれ。後部座席の俺は気が気では ない。  抗体反応が出ないようにひたすら祈っていた。
 西吾妻福祉病院。最近できたばかりの総合病院だ。白く大きな建物が 近づいてくると頼もしく見えた。 でもここにはタエちゃんが勤めているんだよな。顔を合わせたら   絶対大口を開けて笑われるだろうな。  小走りにロビーを抜けて受付に行った。  これで助かったと思った。  しかしかなり患者がいるらしく一向に診察の番が廻ってこない。救急 車までやって来てまた順番が抜かされてしまった。  一度医者が来て吐き気や目眩はないかを訊き、冷パックで冷やしなが ら待っていろと言っただけだ。  となりに座ったおばちゃんは以前7個所いっぺんに刺され、泡を吹い て気を失ったと話してくれた。  1時間近く待たされただろう。  しかしこれだけ待たされるのだから、逆にシンコクな事態ではないこ とだと思われ安心できた。  やっと順番が来てすぐに点滴を受けることになった。  カーテンで仕切られた狭い部屋の中で一滴一滴と落ちる点滴の滴を眺 めていた。  考えることはあの時もっと注意をしていたら、2番手にいなかったら と、タラレバあとの祭り的なことしか考えられなかった。 メスバチ達と秋山郷へ行ってたらこんなこともなかった。  どうせ刺されるなら、あの手に止まったハチくらい叩き潰しておけば 良かった。  これもあとの祭りだ。いや、そうしたらもっと刺されていたのかも。  先ほどから傷口が激しく痛み出していた。 「痛み止めの薬を出しておきましたから。」  カーテン越しに看護婦の声がした。  そんなものがあるなら今すぐ飲ましてくれ。  小さな赤いコップに入った水と薬が届いた。 「炎症を抑える塗り薬もあります。」  再びカーテンの向こうから声がした。  それもすぐに塗って欲しい。  コバちゃんが診察されている。一個所だけなのでそれほど大したこと はないらしい。 今晩ビールを飲んでもいいかと食い下がっている。  コバちゃんは注射一本で終了した。  結局ビールはあきらめたようだ。  点滴が空になる頃には痛みも治まっていた。押すと傷口が少し痛む程 度だ。  手は腫れて右手は握ることができないが、それでもこれでお終いなら うれしい。  すっかり元気になった気がした。  飲み薬は眠くなると聞いたので、今晩これを飲んでぐっすりと眠って しまえば朝にはケロッとしているだろう。  その夜はもう元気になったつもりで、如何に自転車を取り戻しに行く か、そんな話までしだしていた。  しかし夜が更けるに連れて手がズンズンむくみだし、それと伴にかゆ みがひどくなった。 何度も水を浴びせて手を冷やしたが、眠ろうとしても痒くて寝付けな い。  掻いてはダメだと思いながらそれでも気が付くと手で掻いている。そ うでなければ痒いところをカーペットに押しつけてしごいていた。  手首から先を切り落としてしまいたいくらいだ。 おっさん達と魚野川源流に行っておけば良かった。  結局その夜もほとんど眠ることができず、懲りずにタラレバあとの祭 りばかり考えていた。    目が覚めるといよいよ腕までパンパンに張っていた。腫れは指先から 手の甲へ、そして手首から肘へと移って5倍くらいの太さになっている。  掻き壊して醜い水泡までできていた。  指先などはもう腫れも退いて昨日に比べるとすっかり動かせるように なっていたのだが。しかしどう見ても、もう一度病院に行ったほうが良 いだろうとなった。  そのついでに昨日の自転車を放り出した場所を偵察に行くことにした。    小さな谷を回り込むようなそこに行くと、きっと昨日のとおりに自転 車は転がっていた。  近くに山仕事のおやじがいたので事情を話し一緒に現場に近づくと、 すぐに一匹が頭の上に威嚇にやって来た。  これはダメだとあわてて逃げ戻った。  おやじは自転車だけなら合羽を2枚重ね、フルフェースのヘルメット の上からタマネギ袋をつっ被って突撃しろと言った。バチバチとあたっ てくるけど刺されはしないと。  でもこんな離れたところまで斥候バチが飛んでいるのにホントにダイ ジョーブなのか。それよりもこんな様子では、そんな勇気なんて出るわ けない。  病院で再び点滴を受け、痒い腕にも湿布してもらった。さらに良く効 くが強力に眠くなる薬ももらった。  今日こそ、目が覚めたらケロッだ。  悲しいかなこんな場合でも食うものは食うし、出すものは出す。  言うことを聞かない手にフォークを挟み込んで食い、左手でケツを拭 くのはツライ。
 食後、さっそく薬を飲んでみたが眠くなんてならない。それでもテレ ビを見ているうちに何度か浅い眠りにはつくことができた。が、起きる とさらに腕は腫れていた。しかし夕食の頃には指先の腫れは退いて箸が 持てるようになった。  夕食後、もう一度新しくもらった方の薬を飲む。今度こそ目が覚めた らケロッの予定だっだ。しかしやっぱり眠気はやって来ない。  後に気が付いたが、この薬は1日一回の服用だった。  明日から仕事もあり、前橋に帰った方が良いと思い家に戻ることにし た。  運転中、眠気はなかったがかゆみはずっとあり、腕をしごきながら車 を跳ばした。  その夜もやはり痒くてなかなか寝付けなかったが、目が覚めるとずっ と楽になっていた。    こちらでも医者に行っておく必要があるだろうと、近所の古めかしい 医院へ行きスズメバチに刺されたと言うと、医者から看護婦から全員が ナニッと俺に注目した。  まるで奇跡の生還者になった気分だ。  そして今日で刺されて5日目、腫れとかゆみがわずかに残る程度になっ た。  今夜こそはビールを飲んでやろうと思っている。
そして、3週間後・・・・・

秋山郷・渋沢ダム
 野反湖から秋山郷へ。核心部を抜け渋沢ダムに着き、ほっとした。 後は錦秋の魚野川水平林道をかっ飛ばすだけだ。  ビールを飲んで一息ついていると頭に何かがとまった。何気なく手 をやるとチクッと刺して黒と黄色のハチが飛び去って行った。  瞬間、ヤバイ!と思った。  病院のセンセーは「あなたは何度刺されてもダイジョーブ!」と笑っ ていたが・・・  必死に傷口を抓み毒を押し出しながら、1分1分と唱えていた。アレ ルギー抗体反応は1分で出ると言われていたからだ。  結局、抗体反応は現れなかった。しかしその夜、やはり左腕はパンパ ンに腫れ上がり、またもや痒み地獄に突き落とされた。  3週間で4匹の蜂に刺された。これは養蜂家よりも多い回数かも知れ ない。

山旅