船形山
げっ、目が覚めると10時になろうとしていた。
深夜の東北道をひたすら走りこの登山口にたどり着いたのは8時前
だった。風があまりに激しく木立を揺らし、空を険悪な雲が覆ってい
たので様子を見ているうちにいつの間にか眠ってしまった。
その風もだいぶ治まってきたので慌てて出発した。
すぐに雪の上に一人分の踏み跡を見つけた。それがやって来た方を
振り向くと白いセダンが止まっていた。
こんな日に登山者などいないと思っていた。
先を越された悔しさと、後をつけてさえ行けば良いという気楽さ、
そして徹夜のドライブの眠たさに身体を大きく揺すりながら、雪を踏
みつぶすように進んだ。
登山口には赤い板に白くペンキで30と書かれた標識が立っていた。
ということはこれがひとつずつ減っていき、1番が山頂なのだろう。
先行者のトレイルを辿って高度を稼いだ。
雪が途切れているのでまだスキーは履けない。ツボ足でも歩きやす
いのでひと汗かいたあたりでザックに付けた。
再びトレイルを辿る。
何を姑息なことをしているのだ。ルートはどう考えたって明瞭では
ないか。他人をあてにせず自分で切り開かなくては。はるばるやって
来た意味がない。
そんな崇高な気持ちで自分なりにルートを取って登って行くが所詮
行き先が同じだ。しばらくすると再び先行トレイルに出会う。
やあ、また会いましたねなどとつぶやき、級友にでも会ったかのよ
うに何食わぬ顔でまた他人の足跡を踏みつけていた。
崇高などという言葉を使った自分が情けない。
級友といえば、先日の同窓会であったミス五中はやはりいつまでも
美人だった。しかし学生時代にデートに使った吉祥寺の店の名もすっ
かり忘れられていてショックだった。もしかしたらそんなことがあっ
たという事すらも覚えていないのだろう。
ブナ尾根は平坦と緩い登りを繰り返して続いている。
27番あたりでもう先行者が下りてきた。山頂がそんなに近いはずが
ない。天候が悪いのでやめるという。
これでこの山塊には俺一人だ。シメタ、というよりも不安になった。
オヤジは、ルートは分かりやすいからと先へ行くことを執拗に促す。
そりゃ、ここでやめる気はないけど。そんなに言うんだったら、あ
んたも行ったら。
赤丸番号看板を繋ぐように赤布やショッキングピンクのテープがあ
り、雪面には数日前の踏み跡がそこだけ色を変えているので迷うこと
なくずんずん進んでいく。
風が強くなってきたのでフリースを着ようと足を止めた。ブナの根
元は丸く雪が融け地面が覗いていた。
いままで気がつかなかったが赤丸看板はブナ肌に穴を開けボルトで
留められていた。登山口にはブナの森を大切に・・・などと唱ってい
るくせに。
途端にこの看板が醜悪なものに見えてきた。そして結局俺もこの標
識をバカ面さげてたどるだけなのではないか。
そう思った瞬間に何かつまらなく思えてきた。
もうここでやめようと思った小ピークを越えるとまた平坦な尾根が
続き、まだもう少しと歩を進めた。
ところどころにアカマツやシラビソの黒い緑が見える他は灰色モノ
トーンの世界になった。頭の上で鳴っている風が時々樹林の中を走り
抜ける。
トラバース気味に小ピークを巻き鞍部に出るとそこから視界がほと
んど無くなった。この先は急登になるようだ。
風も強いし、ここまでだな。
写真を撮り引き返そうとした時に視界が開け、目の前に雪崩れた大
きなブロックが転がっていた。
相変わらず自分の運の良さに感心する。しかし人が一生で持ってい
る運というものは決まっているという。
こんな事で使ってしまって良いのか。それだったら週末の「のど自
慢」の予選通過だ。
まぁ、どちらにしてもこんなレベルだ。
登山口まで下りるとフキノトウ採りからなんだコイツはという顔で
見られた。もうそこは春本番でスキーは不釣り合いの世界だった。
この日、仙台でサクラの開花宣言が出た。
仙台泉インターを降り、4号線を走る。このあたりは政令指定都市
に格上げするためにムリヤリ仙台市に組み込まれた地区で、以前は泉
市といった。そのため仙台市というのは恐ろしく広く、海から県境の
阿武隈山地まで県中央部にどーんと横たわっている。
県北と県南とを行き来するには仙台市を通らずには不可能なのだ。
学生時代のバンド仲間スガワラの家に着いた。二人と会うのは一年
半ぶりだ。スガワラはカケフ頭がいっそうハゲしく、ハルコは二重ア
ゴに厚みを増してた。
二人の娘がいて、妹のスガワラ2号は以前ウクレレを弾きたいとい
うので送ってあげたが挫折してしまい、俺に会うのが気まずかったよ
うだ。その時はオヤジの若い頃と同じ鶴瓶のようなバクハツ頭だった
が、今はすっかり女の子らしくなった。
居酒屋には「菊の露」の古酒が置いてあった。宮古島の酒だ。
いつもならこの時期は沖縄。不況の陰はノーテンキな俺にも確実に
やって来ているのだ。
ううっ、ミヤコニイキタイ。
姉の1号に俺が食おうとしていたホッケの皮を横取りされた。わず
か14才の小娘のくせにこの美味さを知っているとはオソルベシであ
る。
それを、そんなもの喰えるかという顔でバカ両親どもが見ていた。
トンビがタカを生むというのはこういうことだろう。
|