コバちゃんの高2の甥が明日から山岳部の合宿だと、何やらぶつぶつとつぶやき
ながら家中を歩き回っていた。
4日間の南アルプス縦走だという。
部長という責任感からか、1ミリもミスがないようにと装備を確認したり、地図
を広げたりとまるで落ち着きがない。
しかしそんなややこしい準備も含め、未知の場所へ出かけるというのはいつでも
心躍るものだ。
「パンツは表と裏、前と後ろを交換すれば1枚で4日は履けるぞ。」
俺の適切なアドバイスに彼はしっかりと頷いた。
そんなやりとりの2日後、俺は霞ヶ浦に向けて自転車を走らせていた。
暑いのは分かっている。それでもこれという何か思い出を作らねば2010年の
夏は俺の歴史から抜け落ちてしまう。
もうこれ以上は一粒も出ないという程汗を絞り出し、焼けるような記憶の刻印を
打ち込まねば。
午前6時。
太陽はかさぶたのように薄い雲に被われているが、その下では少しでも刺激を与
えれば血よりも真っ赤で熱い光がすぐに溢れ出そうと待ちかまえている。
また暑い真夏の一日が始まった。
それでも川に沿ったサイクリングロードは朝の風が気持ち良く吹いて、快調に距
離を稼いだ。
伊勢崎街角ステーション、島村の渡し、刀水橋を過ぎ、出発から約30kmあまり、
赤岩の渡し近くの公園で最初の小休止をする。
うっ。
自転車から降りると思わず声が出た。
今まで吹いていた風はうそのように止まり、容赦ない太陽は真上から一気に加速
度を増して降り注いだ。
あっちー。
自転車で固まったガニマタ足で東屋の下に逃げ込んだ。
サングラスを外すと木々の葉はハレーションを起こしている。
目で冷たい飲み物と自販機を探したが見つからない。家から持った2本のボトル
はすでに空になっていた。
お父さんが暑いからもう帰ろうと、まだ遊びたりない我が子の小さな背中を押し
た。
公園の生暖かい水道水を被って再び走り出した。
それまではウォーキングやサイクリングとそれぞれに川沿いの道を楽しむ人々が
いたが、赤岩を過ぎるとそんな光景も途絶えがちで、道も背丈ほどの雑草にかき消
されんばかりになった。
対岸は何度も走ったことのある加須市のあたりで、見慣れた公園の遊具が霞んで
いる。
板倉町に入ると、とうとうサイクリングロードはなくなり、土手だけになってし
まった。仕方なくそれを下りて小さな集落を抜けて国道354を目指すことした。
目的地の土浦へはこの354が一本道で続いているので、本来ならそれをたどれ
ば良いのだが、それでは面白くないので、たとえ遠回りでもサイクリングロードを
走って来たのだった。
カーブの先に酒屋発見。
アイスとトマトジュースで栄養補給し、さらに行動用に麦茶とスポーツドリンク、
アメを買った。
道路標識をたどり354に入ると交通量もぐっと増えた。
高架橋をくぐるとぐるっと回って渡瀬遊水池の堤防上に出た。遠くに古河駅前の
背の高いビル群が見通せる。
あそこまで行けば行程の半分だ。
出発前の調査では前橋〜土浦はおよそ120km、古河まではちょうどその半分の
60kmだった。
しかしこれも一般道を走った場合なので、もう少し距離があると思ったほうが無
難だ。
午前11時。国道は古河市南部を走っていた。
出発から5時間だから、休憩を含み平均時速12kmだ。
予定より少し遅い気もするが、ここまでの距離もあやふやなので正確には分から
ない。
ここは数年前のGWに銚子に向けて走った時に対岸の栗橋で宿がとれず、薄暗く
不安な気持ちで古河市街に向かって駆けた道だった。
その道を今日はまた別の不安を抱えながら走っている。
古河市を過ぎると右手から利根川の土手が近づいてきた。そしてあれよあれよと
いう間にすぐそこに平行するようになった。
その向こう岸には何度も目にした関宿のお城を模した博物館と埼玉大橋。
これなら利根川右岸のサイクリングロードを関宿まで走り、埼玉大橋を渡って来
た方が早かったかも知れない。
とはいえ、いい加減行程の半分は過ぎたに違いない。
心にも余裕ができたので涼しいところでランチとすることにした。
スーパー「エコス」に入ると狙ったとおりの休憩コーナーがあった。
最近こんな休憩スペースのあるスーパーが増えて、俺のようなチープトリッパー
には嬉しいことだ。
となりでは爺さん達がコーヒー牛乳を飲みながらテーブルを囲んでいた。
カツ丼弁当を買い、無料のお茶をこれでもかと飲んだ。
レジのおばちゃんが土浦まではすぐだと言った。
話半分とは思ったが、それでも2,3時間もすれば間違いなく着くだろう。
そう思うと、気持ちが軽くなった。
境2中を左に行った方が早いと教えられ、その目の前まで来たところで突然後輪
がパンクした。
前回のしまなみ海道ではチェーンが切れるし、このところ自転車旅はついてない。
自動車ディーラーで場所を借りてチューブごと交換することにした。
座って作業をしようとしたかったが、焼けたコンクリートがそれをさせてはくれ
なかった。日陰の地面でさえ真夏の太陽がしっかり縄張りを主張している。
汗がしたたり落ちてコンクリートに染み込んでいった。
ホームセンターに行って修理してもらおうか。それとも「ニチユ」があったので、
あそこに駆け込んでニチユ最強のシテンチョーKの名前を出して何とかしてもらお
うか。
汗だくの脳みそでそんな弱気なことも考えたが、ことのほかすんなりと作業が済
んでしまった。
ディーラーのお兄ちゃんの「遠いよ」という言葉を振り切るように再びペダルを
踏んだ。
膝は出発前からの違和感をずっと引きずっている。
一文字ハンドルでずっと体重を支えているので手首も痛い。
明るいうちに宿に着くことは諦め、時間を気にせず行こう。
またスーパー「エコス」があった。
チューブの交換中にドリンクは飲み干していたので買い足しに寄る。
自転車を降りると待ちかまえたように熱射が刺し、一目散に店内の休憩コーナー
に逃げ込んだ。
500mlのペットボトルはふた口で飲みきった。
道を確認すると詳しく教えられたが、やはり遠いと付け加えられた。
このままずっとここにいたい。
県道24を東に走るがなかなか「つくば」の文字が現れない。
スタンドでお兄ちゃんに聞くと坂を下ってまた登って左カーブを・・・と詳しく
教えてくれた。
「ココス」というコンビニで曲がり、そしてそこからつくばまでひたすら走れと言
われた。
ひたすら?
どれだけ走ったらいいんだ。
俺の頭では全行程120kmのすでに90〜100km近く走っていて、もう土浦は
すぐそこのはずなんだが。
狭い集落やたんぼ道を過ぎ、やっと「ココス」を曲がる。
次はひたすら「つくば」を目指すのだが、どの標識を見てもその距離が記されて
いない。
いつまで走ったら良いのだ。
筑波は研究学園都市というだけにそれらしい近未来的風景が現れるはずだが、ち
んけな田舎道を行くだけだ。
時計は4時になっていた。
鬼怒川を渡る。
そう言えば「鬼怒川を渡るから・・・」と言われたな。
やがて林の中にアンテナか電波望遠鏡のようなものが現れた。
道が幅を広げ、風景はどんどん都会化し、いよいよ学園都市に入ったようだ。
筑波大学という文字も読める。
ケヤキ並木で仕切られた路側はたっぷりと歩道がとってあり、その半分が自転車
用になっていた。
街路樹ではセミが場所を奪い合うように声を張り上げている。
土浦・学園線に入るともう目的地までは10km程だった。
もうすぐだ。
何度か上り坂があったが気合いでペダルを漕いでしのいだ。
まあ、上りがあるということは下りで楽ができるのだ。
そう思っていたが、振動が手首や尻に来て、下りもそれなりに辛かった。
やっと広告看板にも土浦の文字が現れだした。
緩いカーブを曲がると先行の視野がぐっと広がった。
水面は見えないが平坦な地形はきっと霞ヶ浦だろう。
市街地になり、姫川沿いの道を行くと今夜の宿「ゑびすや」の看板が頼もしく見
えた。
インターネットで見つけた、朝食付きアウトバス4200円のビジネスホテルだ。
このアウトバス、外風呂ということも宿選びでは重要なのだ。風呂はやっぱり足
を伸ばして入れる大浴場に限る。中途半端にユニットの狭い風呂の付いた部屋など
より、きっぱりアウトバスを選ぶべきなのだ。
午後5時半、土浦着。
パンク後、およそ4時間連続で走り続けたことになる。
その夜、楽しみにしていた居酒屋へは行く気力もなく、またもスーパーの弁当と
ビールで済ました。
足も手も日焼けした顔も痛い。
ビールでさらに赤くなった頬にクーラーの風が心地良かった。
翌朝も朝から怒濤の日射し。
しかし今日は少しも慌てはしない。何故なら昨夜、土浦から水戸まで常磐線が続
いていることを知ったからだ。
帰りも走るなんてとんでもない。
輪行するのだ。
牛久で水戸線佐野行きに乗り換え、さらに両毛線で前橋まで帰る。
100均のブルーシートとガムテープで自転車を梱包し、常磐線水戸行きに乗っ
た。
冷房の効いた列車に揺られて眺めた景色はハレーションの中にあった。

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