米搗き唄
佐渡島 '03.10.11-13


 10月11日
 寺泊からのフェリーは日に2便しかなく、ましてや3連休の初日とあって、
甲板まで人があふれ返っていた。
 新潟から佐渡まで3航路あるうち、この航路だけは港に無料で駐車できる。
しかし佐渡・赤泊港に着くのは11:50と、それだけで半日が終わってしまう。
快晴なだけに気が急かされる。
 フェリーから吐き出されると時間を惜しみ、空きっ腹のまま走り出した。
 佐渡島は周囲260km、淡路島の1.5倍の大きさがある。3日といっても実際
はフェリーの都合で初日と3日目は半日しか無いので実質2日だ。一周する
となるとまた夜間走行をする羽目になる。
 今回はそんなバカな事をするつもりはない。外海府・尖閣湾あたりまで行
ければ良いと思っていた。そんな意思表示にさっそく次の集落で味噌工場の
瓦屋根や煙突をカメラに収めた。
 
 1時間で小木着。スーパーで弁当を買って腹ごしらえ。米どころ新潟、思
わずコシヒカリ弁当に手が伸びた。しかしこれでは淡路島とパターンが同じ
だ。
 小木から道は高台になった。畑ではミカンが陽を受けている。対馬海流の
せいで佐渡は冬でも意外に温暖なのだ。
 小さな谷を下りると宿根木集落。狭い土地を有効利用して建てられた密集
集落で有名だ。船の材木を使った家や船形をした家があることから船大工が
家を建てたと言われているが、実際は家大工が作ったようである。ばあちゃ
んが二人ひなたぼっこしながらおしゃべりしていた。

 再び道は高台となり、最西端の沢崎灯台へと延びている。  深浦は道から外れた深い谷底にあった。その長い坂を女子高生が下って行っ た。  沢崎灯台から大きくカーブして山へ登るように行くと「鼓童」のメンバー が住んでいる通称鼓童村があるという。興味はあったが時間を惜しんで海岸 の道を素浜に向かう。海が近くになり奇岩の連なりが面白い。観光用ではな い、本物のたらい船があった。  油断していると道は再び高台へ延び、その度に大汗をかいた。
 素浜は数キロ続く砂浜海岸で快適なキャンプ場があると聞いていた。それ を頼りに走って来たがキャンプ場は期間外で閉鎖、勿論売店も営業していな かった。  やはり佐和田までは行かなければならない。衰えはじめた日射しに少々焦 る。  小泊へはダートだが一周道路への近道を教えてもらった。舗装道路に飛び 出すとそこは佐渡唯一の国道で突然増えだした通行量の多さに戸惑った。  長い登りが続いた。今までの200mほどの高台ではなく立派な峠越えだった。 その峠のてっぺんで裸の男が疲れて座り込んでいた。真っ赤に陽に焼けた徒 歩旅行者だった。  ここで休もうとする男の気持ちが誰よりもよく解った。  ぐんぐんスピードを上げて走り下り真野湾に入った。この最奥が佐和田町 だ。  真野新町は久しぶりの都会で、ここであの曽我さんの事件が起きたとは信 じられないほどのにぎわいだった。  4:30佐和田町・窪田キャンプ場着。しかしここもやっておらず、たまたま 会った町役場の人に町営グラウンドの前浜を紹介してもらった。水やトイレ はグラウンドのものを使う。  淡路の二の舞はしない。まず汗を流しに風呂に行く。少し山手に行ったと ころにある「ビューさわだ」、この温泉までの登りが結構応えた。400円と 安いが焼却場の廃熱を利用した施設で温泉ではなかった。脱衣場でおやじが、 佐渡で温泉がないのは佐和田町だけだと言った。  夕食は土曜の夜だというのに閉まっている店が多く、思い描いていた感じ の良い居酒屋は見つからなかった。仕方なくテントから最寄りの洋食屋でビー ルと串カツ、それに何故か鍋焼きうどん。疲れ果てた身体にはもう何でも良 かった。 その店で曽我さんの事件当時、やはり見慣れない船の噂があったと聞いた。
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