緑の平野に小高い山が点在し、讃岐平野の風景はどこか象潟のそれに
似ていた。
やはり見知らぬ土地を往くのはわくわくと胸が高鳴り、自然に顔が緩
んでしまう。
こんな平日に。汗水垂らして働いている人もいるというのに。
申し訳ないと思いつつもやはりへらへらしてしまうのは2ヶ月ぶりの
旅というだけではなく、きっと俺は根っからこんなことが好きなのだ。
ニタニタ顔で丘陵地帯から駆け下りると、さっきまでの蒸し暑さは失
せ、爽やかな初秋の風が吹いていた。
「すんまへんなあ。ブチョウーがよく行く港のうどん屋、名前なんてい
いましたっけ。いや、今空港なんですが、是非うどんが食べたいいう人
がおりまして・・・。」
半分うそだ。おっちゃんの方からうどんか?と近づいてきたのだ。
勿論俺も讃岐に来たのだから本格的な讃岐うどんを食おうと思っては
いた。小豆島はそうめんが有名だし、必然的に今回の旅は長いモノを食
べることがテーマだ。だから昨日はラーメンを食って旅の準備をし、今
朝は羽田でそばも食って身体は長モノどんと来い状態なのだ。
そんな訳でおっちゃんがわざわざブチョーに電話して聞いてくれた店
の名前は「たもや」だった。
途中、高松駅前の観光案内所で詳しい場所を聞くとさぬきうどんマッ
プをくれた。
その昔受験で岡山から連絡船で高松に入ったことがある。はっきりと
は覚えていないが、今の高松はその時とは比べものにならないほど完璧
に大都市化していた。
目指す店にたどり着いたのは運悪くちょうど昼前で、殺風景な工場地
帯にあるに関わらず何処からともなく人がぞろぞろとやって来ていた。
俺はその様子に急かされるように店に入ると列の最後尾に並んだ。
自分の番が来るとまずうどんの種類を注文し、それを受け取ると隣り
に移動して出汁をかけたり天ぷらを取ったり。さらに移動して料金払う。
いわゆるセルフの学食スタイルだが、やはり初めてでは戸惑ってしま
う。種類と言ったってぶっかけ、かけ、冷やし、釜あげ、それらが大、
中、小とあり。出汁は熱いのと冷たいの、天ぷらは衣が厚すぎて良く確
かめないと中身が分からない。
その順列組み合わせは天文学的数になる。
しかし俺はどう見ても異邦人なのでカウンターのおばちゃんや列のおっ
ちゃんが手助けしてくれ、無事釜あげの大と厚切りかぼちゃの天ぷら、
占めて420円を払って席に着くことができた。
釜あげにしたのは、空港でおっちゃんがまずは釜あげと力説していた
からだ。
シロートと思われないように、うどんを一口頬ばると飲み込むように
して食った。
うまい。
思わず唸ってしまうほど美味かった。
何が違うんだろう?
麺は群馬の讃岐うどん屋ほど硬くはない。讃岐うどんといえばコシが
命のように聞いていたが近所の「まるいち」の方がずっと歯ごたえがあ
る。しかし考えてみたら、あんなに硬ければ噛まずに飲むことができな
い。何しろ讃岐の人々の平均そしゃく回数は4回という。
薬味にはワカメなんていうものもあり、おろしショウガの香りが味を
飽きさせない良いスパイスになっていた。
それにしても釜あげはこんな日には熱すぎた。まして俺の座った席は
順番待ちの列に囲まれてクーラーの風もやってこない。
一口すするたびに汗がしたたり落ち、テーブルにプールを作った。
ひとつの島がふたつに分かれ、その間からまた別の島がのぞいた。細
胞分裂のように島の数が増え、最初に見えていた島はもうどれだかわか
らなくなった。
そんな迷路のような瀬戸内の海を1時間も行くと小豆島・土庄港に着
いた。
高松港から小豆島へは数種のフェリーや高速船が出ており、島の港も
土庄、東土庄、池田、草壁、坂手とある。さらに姫路や岡山と結ぶ港も
他にある。
だから俺が土庄に着いたのは全くの偶然で、当初は島のどの位置にい
るかもよく分からなかった。
簡単な観光パンフを手にすると反時計回りに小豆島一周のペダルを漕
ぎ出した。
土庄は島の南西部にあり、根拠はあまりないが北西部の海が一番きれ
いだと思われる。そこで今日は島の南東まで行き、明日は島の北側を走
り、その北西部の海岸でキャンプするつもりだ。
すぐに土渕海峡。海峡ということは土庄港のあるこちら側は小豆島で
はなく別の島ということになる。いやもしかしたらこちら側が小豆島で、
あちら側が別の島なのかも知れない。
そんな頭を悩ませる土渕海峡は幅数mほどで、世界一狭い海峡なのだ。
伊良部島の海峡も狭かったが、こちらはもっと狭い。まるで川か用水路
にしか見えない。
このことだけは島に来る前から知っていた。
どこの島でもそうだったが、国道に出ても道幅は狭いままで、車が通
りすぎるたびに轢かれはしないかと緊張する。またかというかやはりと
いうかその道も平坦のはずがなく、登りのたびに汗が噴き出した。
俺の方が慣れているぞと背中で語るように高校生が追い抜いて行った。
考えてみたら島に渡る前に2時間も走っているのだ。尻や腰も痛いの
で峠を越えた「小豆島ふるさと村」で休憩することにした。
平日の夕方近く、観光客など一人もなく、俺が入って行っても店員は
しばらく現れなかった。
名物とあったのでスモモソフトクリームを注文したが、誰かさんの
「なんでバニラにしなかったん?」と言う声が聞こえてきそうだった。
以前はこんな時は迷わずビール。ビール以外は考えられなかった。し
かし屋久島での痛風事件以来食生活を変え、ビールも一日一本、それも
プリン体99パーセントオフのものにしている。
牛乳を飲むという習慣もつき、おかげで朝飲んでも腹がピーピーになっ
たりしない身体に変貌していた。
今回プリン体オフビールが見つからない場合を考えてマイ焼酎も持っ
て来ているのだ。
そうめんも食いたかったが、もうすぐ夕食の時間だ。それにそうめん
ならいつでも食えるだろう。
美都半島の付け根を横断して海岸沿いの道になるとオリーブという文
字が目立つようになった。街道沿いの畑で規則正しく立っている高さ数
mの木がオリーブのようだ。
やはり葉は柑橘系の形をしている。
草壁の街でスーパーに寄り夕飯の買い出しをする。今夜は町営の宿に
泊まるのだが、宿泊者は俺しかおらず、おかげで食事や風呂の支度が間
に合わないと言われたのだった。当然朝飯もないだろうから、2食分を
買って宿のある坂手港に急いだ。
街道にはいくつも醤油工場や佃煮工場が並んで空気もどこか醤油臭い。
マルキン、ヤマヒサ、タケサン、丸島、いわゆる観光醸造所のようで広
い駐車場が設けられているが今は閑散としている。
醤油メーカーは島に20社あるという。
佃煮ソフトクリーム?そんなモノまであるのか。
黒壁一面に描かれたおばちゃんの顔が笑っていた。
町営の宿は俺しかいないはずなのに海の見えない部屋があてがわれ、
食事や風呂のサービスがないのに通常料金、それも一人なので規則通り
に割増料金を取るといういかにも役人仕事の宿だった。

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