「しゃーない、一度チェーンを切ろう。」
ひと昔前の悪役レスラーのような風貌をした自転車のおやじは、そう言う
とチェーンを繋いだピンのひとつを専用工具で外し始めた。
どこか自信なさそうなおやじの態度に不安だったが、俺には黙って見てい
るしかなかった。
汗だくになってバスや電車を乗り継ぎやっと尾道駅までやって来て、さあ
走るぞと自転車を収納袋から出すとチェーンは何度もねじられたように固い
結び目を作っていた。
早く走り出さなければ今日中に今治には着けない。
焦って強引に解こうとすればするほどチェーンはますます意固地になった。
通りがかったサイクリストに見てもらうがらちがあかず、人のすれ違うの
がやっとの狭い路地の奥に小さなバイク屋を見つけて持ち込んだのだった。
スキンヘッドのおやじは白内障の手術を受けたばかりでよく見えんと天眼
鏡を持ち出すと、最近のギアシステムはよう分からんとぶつぶつと言った。
素手を油まみれにし、わずか爪楊枝の頭くらいしかないピンと1時間も格
闘して見事に直して見せた。
もうおやじは悪役レスラーではなく、逆境に耐えて最後には勝利を収める
ヒーローに見え、その頭はさらに輝きを増した。
しまなみ海道は尾道大橋から始まるが、この橋は自転車専用道がなく危険
なので向島へは船で渡るように薦められている。
渡船はいくつもあるのだが福本汽船がイイと言われた。
自転車込みで70円だ。
わずか数分で海峡を渡り、勇んで走り出した時にはもう昼をすっかり廻っ
ていた。
昼飯の時間はないので、スーパーのタイムセールで100円引きの大福を
くわえて走った。
くそっ、こし餡だ。
島の西側に廻ると赤いアーチ橋で岩子島が結ばれていた。
まだ緑が多く、ところどころにナナカマドの朱が映える森を繋ぐように橋
はあった。
その岩子島との細い海峡に沿って南下し、しばらく走ると因島大橋が空に
白いアーチを架けていた。
いよいよ思い描いた光景が経験できるかと思うと胸が高鳴る。
橋脚の下、橋桁を遙か高く見上げてくぐると歩行者・自転車用のアプロー
チ道があった。
傾斜が緩く作られてあり、その分だけ何度もカーブを描いて登って行くと
橋の袂に着いた。
橋は二重構造で、上は自動車専用道、下が歩行者・自転車および125cc
以下のバイク用になっている。
鉄格子に挟まれたような空間を往くと、橋脚の骨組みの隙間から海やそこ
を行く船は見えるが、閉塞感あってあまり快適とは言えない。
1700mの橋が終わる頃に大きな灰皿のような料金箱が現れた。そこに
現金なりチケットなりを入れるのだ。
通行者をセンサーが感知し、「自転車は50円、バイクは100円、歩行
者は無料」とうるさいほどくり返しテープが流され、その咎めるような声の
大きさには参ってしまう。
ちなみに俺は駅で薦められた今月限り、ということは今日限りの半額のク
ーポンを買ってある。
通行料50円を払って通過すると道はどんどん下って行った。
あれ、自動車道と併走しないの?
しまなみ海道を走るといっても、自転車は橋を渡るだけで、他では一般道
を走るのだった。
ずっと高速道と併走するものと誤解しているサイクリストは俺の他にもた
くさんいた。
因島といえば除虫菊だ。
しかし畑に目をやっても見かけるのはキャベツや大豆、これはこれでこの
時期には珍しいが、除虫菊らしきモノはなかった。
そしてなんといっても瀬戸内の島はシトラス、たくさんの柑橘類が陽の光
を浴びて金色に輝いている。
小さな丘を越え海に面した曳岩集落に出ると、家々の屋根越しに造船所の
クレーンが背伸びをしていた。
生口島と結ぶ生口橋は白い斜張橋でパイロットランプの明滅が眩しい。
今度こそ橋の上を通行でき、視界はぐっと広がった。
これでなくちゃいかん。
空を飛んでいるかのように海を見下ろしてペダルを踏んだ。船が光る波を
切って航跡を描いていた。
北側海岸線に沿ってぐるっと島の反対側にある次の橋を目指す。
わざわざ遠回りに走らされているようだが道が平坦なのはうれしい。
さっきから何度もあのヘルメットを被った正統派サイクリストに追い抜か
れて行く。
くそっ、こんな時俺も同タイプの自転車だったらと思うが、やはりあの格
好はしたくないのでこんな自転車で良いのだ。
その正統派達が手作りソフトクリームとのぼり旗を掲げた店のテラスでく
つろいでいた。
冷たい物でもと思っていたが、連中と同化するのが嫌だ。
フルスピードで通り過ぎた。
瀬戸田には平山郁夫美術館があり、観光ルートなんだろう、バスが止まり、
大勢の人で賑わっていた。
へーっ、ここの出身なんだ。
寄ってみたいが、今は先を急ぐ。
道が南に向いた。
そろそろケツも痛くなったが好都合な休憩場所はないのでそのまま走るこ
とにした。
先行グループに吸い込まれるようにしてミカン畑の緩斜路を登ると多々良
大橋。
しまなみ街道中一番スマートで格好良い。
渡りきると愛媛県だった。
道の駅があったが、100mほど戻ることになるのでパスした。
曖昧だった今治行の可能性が見えてきた今は時間が惜しい。
一気に飛ばして大三島を駆け抜ける。
この島は石が採れるようで、そんな採石場や石屋の案内看板を横目で見た。
太陽が島の反対側に廻り薄暗いミカン畑を縫って大三島橋を越える。
伯方島だ。
下り坂が登りへ転じ、ハカタノシオと力強くペダルを踏んだ瞬間にチェーン
が切れた。
そー言えば例のおやじは「チェーン、切れるかも知れへんで」と心配してい
たっけ。
昨日はチェーンの切れたのが自転車屋の前で、おまけに宿もすぐ近くにあっ
てラッキーだった。
同宿はやはり尾道から自転車で走って来た滋賀のおっちゃんおばちゃん4人
で、元気に全国あちこちを巡っている人たちだった。
この冬に北海道を計画しているというので、俺の知っている情報を話すと礼
にとクロダイをご馳走してくれた。
修理を頼んだ自転車屋のすぐ下には造船ドックがあり、2万トンの鉱石運搬
船が建造中だった。
大きいねと言うと、なにこの10倍の船がざらにあるさと返ってきた。
伯方・大島大橋を渡るともう橋も残りひとつ。今治まではすぐそこなのでの
んびりと走りたいが予報では午後から雨だ。
どうしようか決められずにペダルを踏んだ。
宮津の選果場をのぞくとキーウィの選別をしていた。
島を縦断し汗だくになって峠を越えると、来島海峡大橋と螺旋を描いたアプ
ローチが現れた。
おお、今までに増してスケールが大きく高度もある。
道の駅に休憩に寄り、今治の情報を聞こうとサイクリストグループに声を掛
けた。
すると焼き鳥を食うなら「鳥林」、タオルは観光物産館で買うと良いなどと
教えてくれた。
一人は渓流釣りの趣味があり、奥利根湖へも行ったことがあると言った。
ではタカヤナギさんに・・・?、そうそうタカヤナギさん・・・、とローカ
ルな話で盛り上がった。
螺旋を描いて橋にたどり着くと、目指す四国本土は霞か雲に隠れて見えなかっ
た。
最後の橋を味わうかのようにゆっくりとペダルを踏んだ。
来間海峡大橋は間に小島を挟んだ3連の吊り橋になっていて、その小島のひ
とつ、馬見島へは自転車ごとエレベーターで降りることができる。
軒を重ねた集落は10数軒ほどだが、人の気配はほとんどしない。
狭い路地の奥までも橋に見下ろされる圧迫感があった。
橋が終わり、アプローチを下ると造船所の紅白のクレーン林が回転して見え
た。
四国本土に降り立った。
一際高い建物が繁華街にある今治国際ホテルだろう。
それを目印になるべく海沿いの路地を選んで駅方面を目指した。
こんな当てずっぽうで歩く旅が楽しいのだ。
防波堤の上では胡座を組んだ女の娘が二人釣りをしている。さすが瀬戸内、
釣りを男だけにさせておく土地ではないのだ。
国際ホテルから見る夜景がきれいだから行ってみろと不似合いな猟師の言葉。
まあ、言われた俺にも不似合いだが・・・。
ポツポツきた。
いかにも地元密着型のうどん屋があったので思わずのれんをくぐった。
隣が讃岐うどんで有名な香川県という愛媛のうどん事情はどんなもんだろう?
かけうどんにおいなりさん2個とジャコ海苔天で500円と安い。
うどんはいわゆる讃岐うどんで出汁まで全部飲め、ジャコ海苔天はもっと食
いたかったがそれが最後の1枚だった。
後からやって来たおやじはカウンター脇の鍋からおでんを2つ皿に盛ると、
ビールと一声発して席に着くなりバサッと新聞を開いた。
この無駄のない一連の動作には惚れ惚れしてしまう。
とうとう降ってきた。
まあこれは想定内だったし、店の中で濡れずにカッパを着られる。背の荷ご
と着られるポンチョも持って来ている。
カッパの上にポンチョも着て、道の駅で言われた物産館目指して走った。
雨はさらに激しくなった。
繁華街のアーケードに入ってほっとしたが、日曜日だというのにこの街も閑
散としていた。
宿は駅近くにあり、昔からお遍路さんが利用するらしく、廊下や階段は歴史
を感じさせる軋みをさせていた。
何度も濡れた靴に新聞紙を入れて乾かしていたお姉さんは、今日で72日目
という正真正銘のお遍路さんだった。
まだ俺よりもずっと若い彼女の人生に何があったのかと、うつむいて作業を
しているその顔をのぞき込みたくなる。
いや、そんな重いモノなどは抱えてはいないのかも知れないな。
雨も上がり、楽しみにしていたやきとり屋へ向かうと「鳥林」はもう満員で
席がなかった。
おい、まだ5時を過ぎたばかりだぜ。
しかたなくサラリーマン風の人に声を掛けると個人的嗜好だとことわりなが
らも数軒の店を教えてくれた。
「瀬戸」は昼間通ったアーケードの一本裏通りにあった。やはり込んでいた
がそれほど待たずに座れた。
カウンターの向こうではおやじが鉄板の上でカワとよぶ部位をヘラを使って
焼いていた。隅には重そうな取手の付いた鉄板があり、ネタによってはこれで
押さえつけて焼くのだ。
カワと一緒にキャベツがきた。
カワにはソースが掛けられてあり、キャベツもこのソースを絡めて食えと説
明された。
カワというのはそのとおり鳥の皮で、しかしこっちのトリカワよりも鉄板で
焼いているだけに良く言えばジューシー、悪く言えばしつこい。
それを緩和させる役目がソースだったりキャベツだったりするのだろう。
「センザンギというのは北海道のザンギと同じですかね。」
先ほどから隣に座って壁のメニューを見ていた男から聞かれた。
北海道では唐揚げのことをザンギというのだ。
おお、まさに俺もそう思っていたところだ。
彼は横浜出身で趣味は島旅。今回も出張のついでに四国旅行を楽しみ、宿は
松山にあるがわざわざ今治へ焼き鳥を食べに来たと言う。
彼の持つ情報量は驚くほどで、俺すら知らない沖縄宜野湾の温泉や北海道浜
大樹のことなどマニアックな話も淀みなく話した。
さらに群馬から来たと言うと、中之条の大塚温泉まで登場したのにはもう笑
いを堪えることができなかった。
「またきっとどこかで会いますよ。」
そう言って彼は松山に戻って行った。
ルートインは午前0時以降にチェックインすると半額だそうだ。
店のおやじは分からないと言っていたが、おそらく今治は漁師や造船職人
が多く、彼らは総じて気が短かったので素早く対応できるように鉄板で焼き
鳥を焼く様になったのではないだろか。また鉄板も手に入れ易い土地柄だっ
たからだろう。
サエズリという首廻りの肉も美味かった。
宿への帰り、昼間の漁師のアドバイスどおり国際ホテルの階上ラウンジで
コーヒーを飲み、側についたウエイターから今治や愛媛県のことについて話
を聞いた。
水道をひねってもポンジュースは出て来ない。「触る」を「まがる」とい
う、などなど。
夜空に便器が浮いたような今治国際ホテルのトイレはおそらく日本で一番
チビリ易いトイレだろう。
イレだろう。
未明に雨が降ったので心配したが、出発する頃にはあがりほっとした。
テレビでは、今日は一番の寒波がやって来ると前橋を出る時からずっと同
じ話を繰り返していた。
まだ薄暗い街の濡れた路面を走り抜け、海峡大橋が見える頃には身体も温
まった。
「おお、元気が良いな。」
急坂を立ち漕ぎして登っていると仕事場に向かうおやじから声が掛かった。
朝焼けの海を船が征くのを眺めながら来島海峡大橋を渡った。
風が強くなった。
往きにはのんびりとできなかったので途中で寄り道をしながら因島あたり
で一泊と考えていたが、しかしこう風が強くてはどこでどうやってのんびり
すれば良いのか考え倦んでしまう。
そのうちに大島も伯方島も過ぎて大三島まで来てしまった。
で、できるのはこんなこととばかりに愛媛県最北?の郵便局で貯金をした。
さらに往きにはパスした多々羅道の駅に寄ったが、すばやく土産を買うと
他にもうすることはなく、時間を持て余してしまう。
時計見るとまだ10時を過ぎたばかりだった。
気持ちは半分尾道へ飛んでいた。
生口島の広島県最南端?の郵便局で再び貯金をするとここでもポケットティ
ッシュのサービス。
宿でもさっきの郵便局でも、どこもかしこもポケットティッシュをくれる
のでポケットがティッシュで溢れそうだ。
往きに寄れなかった手作りアイスクリームのカフェは、おお、すいてるぞ
と喜んだら見事に休みだった。
仕方なくバス停ような無人のサイクルステーションで一休み。
風が冷たいのでこんな場所があるのは嬉しい。
因島の市街地に差し掛かると向かい風になり、自転車はなかなか進んでは
くれなかった。
上り坂がそれに拍車を掛ける。
思わずスーパーに逃げ込んだがこれといって欲しいものもなく、また何故
か混雑していたのでまたすぐに出た。
一応今日の宿泊予定地と思っていた因島まで来てしまったがまだ昼だ。
もう尾道まで行くしかなかった。
尾道ラーメンを食おう。
しばらくして道が角度を変えると風も無くなった。
最後の橋、因島大橋は不気味な金属の軋み音が鳴っていた。
やはり海上は風が吹き付けるようだ。
さらに向島に降りると怒濤の向かい風となり、海は潮流と合わさり白波を
立てている。
立ち漕ぎでは風の抵抗が大きい。
背を丸めてハンドルに覆い被さり、食いしばって風に耐えて漕ぐ。
道の角度が変わればと念じたが、行く手がずっと先まで見渡せ、しばらく
はこのままだということが分かると足も気持ちも重くなった。
そんな中でもミカンは陽を浴びて輝いている。
結局尾道まで走ってしまった。
海峡に面した温泉とは名ばかりの商人宿を取った。
すぐ窓の下には渡船乗り場があり、夕景に船のエンジン音とそれを待つ学
生の声が溶けていた。
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