「奏」
若い男性にとって、女性と言うものは二つに区別してしまいがちのものだ。
惚れた女と、そうでない女。
男性は10代から30−40代まで「欲望」という強い業を背負っているから、
あながち責めるわけにもいくまい。
「俺たち友だちだよな」と公言しつつも、心の中で「好きだぁ」と叫んでいるのが、
若き男心というものである。
数年前、惚れてしまいそうな女性と、そうでない女性、
そのどちらにも属さない女性というものを始めて意識した。
当時のわしは30歳。そのこは確か20−22くらいだったと想う。
好感は持っているが、惚れてはおらず、といってほって置くのも心配。
大きなお世話なのだが、きちんと歩いていけるのか心配な感じである。
敢えて言うなら、ハイヒールを初めて履いた娘を見つめる親の心境といったところだろう。
遊んでる男に惚れたと聞けば、「あぁ、やっちまったかぁぁ」
遊ばれたと聴けば、「よし!俺がカタつけてやろう」
相談されて泣かれれば、慌てふためく。
なつかれても頭をヨシヨシするだけで、よこしまな考えも浮かばなかった。
1年ほど共に仕事をしたが、会社を退社し皆に挨拶するときに
彼女はその場におらず、あとで当時の仲間から
「あの後、お前のこと、彼女慌ててあと追って探しにいったんだよ」と聞いた。
もちろん、彼女にとっても恋愛感情も無く、単なる仕事場の優しいオジサンだったのだろうと思う。
もうあれから4年ほど経つ。
彼女も普通の女の子から、今ごろ25くらいの魅力的な女性に成長していることだろう。
今でも、時折彼女はどうしているかと考えることがある。
出来ることなら素敵な男性の横で、心からの笑顔を浮かべていて欲しいものである。
幸せは幸せのそばにしか転がっていないのだから・・。
スキマスイッチの「奏(かなで)」という曲の、
「君が大人になっていくその季節が、悲しい歌で溢れないように〜」のフレーズに、
1人の女性を想ったキャプテン☆山手の男心の夜である
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