阿保城                              Topへ

「城は丘陵上にあり、四方に土塁をめぐらし、北東隅を幅広くして櫓台とした室町時代築造の城と
考えられる。」

「永禄十二年(1569)、織田信長の伊勢侵略と中略、篠山城には、かわって伊賀国阿保城主安保
式部少輔が城主になった後略」

「天正十三年(1585)筒井定次が伊賀に国替えを命ぜられ、上野に居城を置くと中略、岸田伯耆を
阿保に、箸尾半三郎を平田に配し、居館を築かせた。」
     (城郭大系10)

阿保の街中に佇む小山の上にこの城があった。 適当な空所に駐車し、登り口を見つけ入ると削
平地に出る。出丸である。山側は土塁で2、3mはあった。 開口部は平入りで、中は『史跡 阿保
頓宮後』の石柱が建っていた。広さは50mに50mほどだろうか、四方は高い土塁が取り囲んでいる。
入り口の反対側にもう一方の虎口が開いてあり、前に進むと畑になっており、城端に立ってみると
切岸や民家の裏にある城への虎口を眺めることが出来た。


※所在地 三重県名賀郡青山町阿保字上ノ代

 

 
                                             2005.12.25  撮影