福岡氏城 Topへ
城郭大系には「丘腹に堀切、土塁が残る」と書かれている。
中馬野の集落に近づくと一段と目立つ家が丘陵上にある。 これがこの城の子孫のお家で、その
裏山に城が残る。このお家も立派な建物でさすが領主の子孫、と思える。小さな谷で両側を区切る
場所に築かれ、主郭は南北30m東西40mで城域を区切る堀切も高さ10mほどもある。土塁は山を
区切る北方と西側に少し残っている。訪れた時斜面を崩落から守るため工事中で、虎口の位置および
形態は分からなかった。がおそらく平入りの虎口で南側から入ったのではないだろうか。
この福岡氏城と鼻倉氏城は同じ馬野の地域にあり、城跡から見ると鼻倉氏城は中馬野集落と奥馬野
集落との分岐点にあることや、城の造りから福岡氏城の見張台だったと思われる。両方の城とも伊賀
盆地の最奥にあり、天正伊賀の乱では「信長公記」に何の記述もない所から察すると戦の圏外にあっ
たのか。
所在地 三重県伊賀市大山田村中馬野字上山


2006.2.4 撮影