羽津城                      Topへ

築城者の藤原盛宗は、藤原秀郷の子孫で応永年間(1394〜1427)に上野国赤堀の
庄から当地に移り赤堀城を築いた藤原景信の長男だった。その後、宗久、宗善、
宗慶、宗昌、近宗(国虎)と続き、近宗は元亀三年(1572)織田信長の家臣で長島城主
滝川一益の臣、茂福城目代山口氏により謀殺され、滅びた。


因みに景信の次男は赤堀城を継ぎ、三男忠秀は浜田に城を築いた。

彼ら藤原一族は四日市の基礎を築いた方々の一部で、城址は近鉄名古屋線により
分断され、土塁が残るとはいえ、寂しい限りである。

☆所在地 三重県四日市市羽津町字城山


 

                                         2004.2.21 撮影