平尾城 Topへ
平尾城は、平尾の集落の西外れ、三滝川の河岸段丘上に存在する館城である。築城時期などは不明だが、
曲輪跡、土塁、井戸などが残っている。城の範囲は、地籍図などからこれまで言われていたより広く、平尾の
集落全てを含むと判断する研究者も見えます。
領主は誰かという話になると、まだわかってはおりません。
小生の希望的観測では、領主がこの川向の智積町にあったという智積御厨の管理者松木家の加賀姫あたりが
関係していると面白いのですが。
あるいは、この辺りは近江の小倉氏の攻撃を受け、信長の侵攻までは属領となっていたことがあり、小倉氏とも
関係があるので、この方との関係のほうが強いでしょう。現在、多くの民衆が信仰している智積町の浄土真宗
西勝寺は、永正元年(1504)に東近江市永源寺山上の山上城主小椋頼利(教尊法師)が建立した、と古文書に
あるようです。小倉頼利は、この他桜一色の華王山安正寺や平尾町の福泉寺、津市椋本の存仁寺も彼が建立
したようです。作善の気持ちが現れておりますね。
☆所在地 三重県四日市市平尾町字新見


2008.6.25 撮影