一生吹山砦 (一生福山)      Topへ

天文八年(1539)佐倉城主小林重則は、この一生吹き山に砦を築き、来攻した鈴鹿郡峰城主峰盛定と
対戦。 戦いに利あらず矢合川北岸で自刃した。時に重則48歳、自刃した地を後に殿原と呼び、旧名
生水川(今井川)を矢合川と改めて激戦の様子を偲ぶ便(よすが)とした。 
                                              現地説明板より

我が家の最も近くにある城跡の一つ。 いま一つの説明板には、南北朝時代のものか、と書かれて
いた。

山頂の城跡からは湯ノ山街道を望み、交通の要衝に築かれたことは容易に理解できる。現在切岸と
削平地が残るだけで、その他の防御施設は確認できない。主曲輪隣に水道局の水タンク、主曲輪跡に
毘沙門天をお祭りされていることから後世大規模な改修を加えられている。

☆所在地 三重県四日市市智積町


 

 
                                               2006.4.8  撮影