小山城 (一志) Topへ
一志町小山にある青巌寺の裏手にある山頂に、この城があった。この近くにある八太城をはじめ、天花寺・
八田城・木造城・戸木城などを見下ろすことの出来る城、とのふれこみだったが、木々が生い茂っており確認
できなかった。
山麓の青厳寺の駐車場に駐車し、墓地の傍らにある登り口から登り始めた。以前は使っていた、通っていたで
あろう道で今は殆ど使っていない道のため、木の葉や枝が積もっていた。しかし、原野の部分と比べると比較に
ならないくらい登りやすい。しばらく行くと孟宗竹の林に入っていく。 右側に尾根があるので、その尾根に登ると、
その尾根の中に城道が続いていた。 クランク状の折れ曲がった道。 ところどころに不審者を留める木立が垣間
見える。 30分くらい歩いただろうか、予期したとおり頂上に立つことができる。そこには、木々の枝に小さなプラス
チックの小片で、「小鳥山」「小山城」とか書いてあった。
ところが城跡は、そこより300mは南の方で、頂上を踏み外さないように探せばきっと見つかる。
最初に現れるのは『北郭』で、土塁を見つけ、その外側に腰曲輪と横堀を見つけた。 その外に何か無いかと探した
ところ、尾根の西側竪堀状の加工した遺構を見つけたが、今思うとこれは疑問の余地が残る。東側に開いた虎口の
前には腰曲輪が虎口受けのように広く展開している。 更にこの部分は二段に分かれ、南部は低くその間が城道に
なっているようだ。つまり、『北郭』と『南郭』との間に城道が通じており、『北郭虎口』に進むためには、右側の『北郭』
から攻撃を受けながら城道を進む。 虎口には虎口受けの高さまで登ったとき、左右からの攻撃を受ける。 それを
制圧したとき虎口に入ることが出来る。 『北主郭』は東西約25m、南北約30mでいびつな形をしている。 『南郭』へ
進むべく南側の虎口を出て、いったん鍋底のような地形に降り高い場所を探すとそこが『南郭』である。この『南郭』は
東側の土塁と北側の古墳以外さしたる防御施設が見当たらない。兵は『北郭』に住民は『南郭』に、という住み分けでは
ないだろうか。
最後に、山麓にある青巌寺にお礼に行ったところ、その屋根瓦の紋章が葵の御紋であった。 そして、徳川光友公の
援助により今の伽藍が作られたやに表示されていた。江戸時代、この辺りは紀州の領地だったのか、との思わず敬虔な
気持ちになってしまった。 この境内には、他に徳川家関連のものとかそれ以前の物が残されているようで、その昔は
高い格式を誇っていたと思われる。
☆所在地 津市一志町小山字二谷







2010.3.11 撮影