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周防の人佐脇宗喜が、伊勢守護仁木義長に属し、その子宗政が延文五年(1360)に 築城(伊勢名勝志)。六角義賢将小倉三河との抗争の後、策略により滅亡。 城址は近鉄線朝日駅近辺にあり、当初三つの郭があったが(桑名領古城図考)今に 残るのは主郭のみ。主郭西方は幅12m程の空掘で丘陵を区切り、他の三方は自然崖 で、主郭は高さ1.5〜2mの土塁に囲まれていた。 ☆所在地 三重県三重郡朝日町柿西ノ広
2004.2.21 撮影