釜生田城 (かもだ)           Topへ

城主・城の来歴など一切不明であるが、「伊勢名勝志」には、長野の与力川北内匠助が居城した
島田城ではないか、としている。 

釜生田の集落の北側釜生田川の更に北側台状地状にある土塁と堀切に囲まれた城跡。南方の
虎口は平虎口で川原石を使っていたようだ。30m×40mの主曲輪を四方に土塁が囲む。
主曲輪の南西隅は一段高くなっており、見張台というよりも10m×10mの一曲輪と見たほうが
良さそうだ。空掘りをはさみ北側に続く副曲輪内には自然薯掘りの穴が至る所に空いており、よく
注意しないと足を痛めそうだ。この地区はマナーを守らない人が多いのかな?

川原石を使った土留めの施設があるが、明らかに後世のものである。城跡の北側にはゴルフ場が
直ぐ近くまで来ており、消滅の危機に晒されている。


☆所在地 三重県一志郡嬉野町釜生田字城山

  2005.12.18 撮影