金井城                       Topへ

永年二年(1505) 種村大蔵太夫高盛が築く。 彼は江州佐々木六角氏頼の末孫で、
神崎郡種村郷を領したので種村氏を称した。

美濃勢により攻撃されたが北勢諸家の連合により排除している。

永年十一年(1568) 信長侵攻の時降伏し、支配下におかれる。

その後、天正四年(1576) 種村秀信は滝川一益に変心の疑いをかけられ伊勢長島城に
呼び寄せられ自決して果て、家族はチリジリ、廃城となる。

空堀に架けられた土橋は屈折しており、主郭に入ると蔀の土塁により内部を窺うことは出来
ない構造になっていた。 虎口は西と南にあり、南方の虎口外に三の丸、北に二の丸を図示
した「桑名領古城図考」があることから、南方に腰郭の存在を予想させる。

☆所在地 三重県いなべ市員弁町金井字亀谷


 

 

 
                               2004.4.10 撮影