北畠具親城               Topへ

伊勢国司北畠具教が三瀬で療養中、養子北畠信雄(織田信雄)の謀略により暗殺されると、その弟は
興福寺に入り僧籍にいたが還俗。

天正五年(1577)具親と名乗り北畠家の再興を企て築城した。山全体を城郭とする連郭式の山城。

既に10年以前に訪れたことのある城で、当時は車一台が通るのにやっとの小路だった道が、今は
2車線の道路で隔日の思いがした。しかし、城は相変わらず昔のまま温かく私を迎えてくれた。

☆所在地 名張市奈垣字村田・同神屋字伊賀見

 

 
                                           2005.04.14 撮影