木造城            Topへ

「木造城は、1366(正平21年)年北畠権大納言顕能の三男顕俊が築城し、顕俊は、木造氏と
あらため、初代城主として久居市・一志郡を支配した。現在の城跡は1528(享禄元年)、七代
城主木造俊茂が古城の北300mに新たに築き、1584(天正12年)城を明け渡すまでの56年間
使われた。

城は伊勢街道に近い交通の要路で、平城形式で築かれ、周囲には沼などの低湿地が広がり、
防御しやすい構造となっていた。町では定期的な市が立ち、人と物資の交流が行なわれていた。」

                                     城址に建つ案内板より

北畠氏を語る上ではどうしてもこの分家を避けて通れない。 当初は北畠宗家に従っていたで
あろうが、その後はほとんど分裂状態で、特に北畠氏滅亡の一因は一族が団結していなかった
ことによるものか。

当家は北畠宗家が滅んだ後、織田信長の死、賎ヶ嶽の戦い、小牧長久手の戦いの後、織田
信雄により北勢員弁の領主となったものの信雄と運命を共にしたようだ。


☆所在地 三重県津市久居木造町字城

  2008.3.29 撮影