奈良井城          Topへ

旧熊野街道沿いにある城だが、今は国道42号が城の更に高所を通っていて、国道からは要害性を
感じられないが、城近くに残る旧熊野街道に佇むとこの城の目的が理解できる。

北畠氏最後の領主 具教が織田信長との大河内城での戦いの結果、和睦条件通り隠居し三瀬谷に
居住地を決めた。 三瀬谷はこの川原からは山を一つ越えたところにあり、粟生城以外にも枝城を
持っていたように聞いている。

旧熊野街道からは湿地を介して登る。沢に沿った位置しか登る場所が無く、そこが本道なのだろう。
小さい削平地や竪掘が見える。 竪掘の頂点を登るが、道は途絶える。あの辺りが虎口、と見当を
つけ登る。虎口には右に折れて入り、両サイドには土塁がある。主曲輪は東西20m南北30m程で、
南方には深さ7mはあろうかという堀切で城域を区切っている。


☆所在地 三重県多気郡大台町高奈


 

 2008.5.3 撮影