小川城 室町時代 平山城 Topへ
城主小川下野守は関安芸守に仕え観応二年(1351)兇徒を追放した功により
南朝方の綾小路大納言から勲書を賜り、その子孫小川丹波・図書・猪之助らが
居城する。
小川家は白木・小野家と共に関氏の家臣で、各在所を領地する与力三人衆の一人。
☆所在地 亀山市小川町一色


2005.02.13 撮影
小川城 追記 2008.4.5再訪
関氏の一族、峯氏の家臣に連なる小川図書の居城である。数年前に訪れたことがあるけれど、
よく理解できないままその内忘れてしまっていた。ところが高田徹氏の見解を眼にすることがあり、
内容を検討すべく久しぶりに訪れた。
すると、驚いたことにそれまで雑草や孟宗竹に覆われていた曲輪内が綺麗に刈り取られていた。
おかげで、高田徹氏の指摘する曲輪と曲輪の間の城道が綺麗に判別できる。
高田氏によれば、この城は上部に2箇所の曲輪を持っている。この曲輪には城郭パーツに際立った
差がないことから、複数の上下関係の無い国人によって守備されていたのではないか。さらに、
その下部曲輪同士も差が無いことから複数の主従関係を持つ国人が守備していたのではないか、
とのことである。
その国人達の曲輪の真ん中を上部への城道が通っている。上部の曲輪間には下からの城道が
入ると同時に、土塁が厚くなっており櫓台が想定できる。
ただ2003年には残っていたであろう虎口が、今は改修され不明であることが惜しい限りである。


2008.4.5 撮影