大久保城           Topへ

大久保城は四日市釆女町から滋賀県土山町に至る鮎河越えと呼ばれる旧街道筋に
面している。

大久保氏は、神部氏の家老で高岡城主山路弾正の家宰であったが、弾正の反乱後は
織田信孝の命に服し、岐阜で討ち死に廃城となった。

大久保の集落の中にあり、杉の木が生い茂っている所。 隣の法雲寺を目当てにすると
良い。北側は開墾されている。 
わずかに残る遺構は、二重土塁や「殿様の馬乗り台」と呼ばれる大石がある。

☆所在地 鈴鹿市大久保町字中瀬古


  


  

      

        

                                               2002.9.23 撮影