桜町中将城 Topへ
桜町中将城は、滝川城の東隣の丘にある。入口を南に設け、本丸の四方に土塁、その外側に深い空堀を巡らし、
さらに堀切を北に設けて山の尾根を切り裂いている。
織田信雄は、永禄12年(1569)伊勢国司北畠具教の養子となり、京都の屋敷が桜町にあったことから桜町中将と
呼ばれ、そこから城の名前になったものでしょう。
天正4年(1576)信雄は具教を謀殺し実験を掌握。伊賀を手中にしようと来寇したが、伊賀の諸勢力により敢え無
撤退。天正9年(1581)再度来寇するも柏原城での抵抗激しく、長期に及ぶためここに築城した。
信長公記にも記されている。
☆所在地 三重県名張市下小波田字内山




2010.5.13 撮影