青蓮寺城(青木城) Topへ
青蓮寺集落の地蔵院裏にある単郭方形典型的な伊賀の城である。大きさは東西約100m南北約70m、幅8mの
高い土塁が主曲輪を囲み、東・北・西の三方に深い空堀が廻っている。空堀は南側にもあったようだが、土塁を
削り落とし埋め立て地蔵院の敷地としているのだろう。
小生が訪れたとき住職の耕野一仁(こうのかずひと)さんは、畑を耕作しジャガイモを植えておられた。昨年は鹿に
食べられ人間の口には入らなかった、と笑っておられた。
耕野さんと名前をお読みすれば、わかる方も見えるだろう。この城を拠点に城跡の情報基地にもなっているようだが、
地域の情報基地として1000鉢の睡蓮の花が咲く時、ハンドベルコンサートや催し物で活性化されているようだ。
また関西・東海地方の報道関係先からの依頼が多く、現に小生たちがお話を伺っていた時にも、CBCから児童虐待の
相談への出演依頼があったり、自殺防止対策の講義があったり、となかなか多忙な一日を送られている。
この城は、大江貞元親王の家臣 青木民部尉信定の居城だったが、天正九年の伊賀の乱で織田軍の攻撃を受け
焼かれた。城主青木氏は姓を宇喜多氏に変え、家来を引き連れて山伝いに逃れ、柏原城に立て篭もって戦ったという。
☆所在地 三重県名張市青蓮寺字斧出



2010.5.13 撮影