高飛城?(亀山城攻めの陣城跡) Topへ
先日の中日新聞に記載されていた記事では、「山内一豊が攻め家臣を生害させた城攻めの跡か!」
なんてセンセーショナルなものであったが、記事を読むと発掘された土器から、秀吉の小牧・長久手の
戦いの前哨戦である滝川一益攻めの陣城であろう、と書かれていた。秀吉は陣城による戦いが得意な
ようで、柴田勝家との賤ヶ岳の戦いでも東野山、天神山、堂木山ほか余呉の山々を陣城で固め、勝利を
ものにした。
台地の頂部を低い土塁と外側に浅い堀で囲い、城攻めの拠点としていたようだ。虎口他は後の世に改変
されたようで残っていない。国道1号線(バイパス)の開通に伴い台地を切り通したので、南側は破壊されて
いるため全体の範囲は不明である。
☆所在地 三重県亀山市


2007.1.20 撮影