竹島氏城              Topへ

愛田村の土豪で天正伊賀の乱で討死にした竹島右衛門景義の城である、と城郭大系に記載されて
いる。

また、案内板には『山林丘陵上に築かれた東西100m南北120mの規模を持つ山城である。築城
時期は明らかでないが、出土品から室町時代のころと考えられる。南側に門跡があり三方に土塁が
廻り、東側には空掘りがあり保存状態は良い。 また十三代景勝の妻として松尾芭蕉の姉が嫁いで
きた事が発見され、その墓碑が松栄寺の墓地にある。』と書かれている。

この城は、この辺に城があるはずだ、と探していて看板を偶然見つけたもの。 確かに良く残って
いる。伊賀地方に良くあるように単郭方形の主郭を土塁が廻り、表門部分は分厚くなっており櫓を
連想させる。反対方向には搦め手か土塁が切れている。主郭下には二の郭、さらにその下にも別の
郭と大手道の両側を固めている。

☆所在地 三重県阿山郡伊賀町愛田

 

  

 

 
                                                2005.9.23 撮影