恒矢氏城         Topへ

島ヶ原のJR島ヶ原駅前にある「おかみさんの会」が運営する食堂で食事を頂いたあと、試みに「この辺に
お城跡ご存知ありませんか?」と尋ねたことからトントン拍子に話が進み、代表の穂積さんのご主人がこの
辺りでは名士で、各大学の学生をお世話しながら相談にも乗っているようですが(具体的にどのような活動を
されているのか聞き漏らしました)、その穂積さんの自宅庭先に恒矢氏城がある。

お忙しいのにも関らず、恒矢城、増地城、正月堂()ほか案内していただきました。

穂積さま、ご面倒をおかけしました。ありがとうございます。

「島ヶ原村中央部に突き出た細長い丘陵上にこの城が位置する。この丘陵は中村・大道地区から中矢地区に
至る間道を押さえる重要な位置である。

『三国地誌』等には記載無く、『明治地誌取調書類』に「現今尚同氏の居宅たり、渡辺氏の遺族恒矢氏なるもの
居を此処に占め累世の居宅たり」と伝える。

通称城山と呼ばれる恒矢氏城は、中村地区の高瀬の城山の真北にあたり北の高土塁と東の土塁とが残っており、
更に北には深い堀切の跡があり、東丘陵の田や池は往時の堀跡と思われる」  
                                                   『日本城郭体系』より

穂積さんによれば恒矢氏は代々医者の家系で、今は兵庫県に移住しており、しかも北側に続く削平地は寺社の
用地で、それを示す石碑が幾つか建っていた。

☆所在地 三重県伊賀市島ヶ原村大道字中道


 

 

 

 
                                       2011.9.25 & 10.1 撮影