上山氏城 Topへ
行き方:国道165号線(初瀬街道)錦生集落の空地に駐車し(勿論断わりを入れてから)、農業用道路を山に
向かって登る。牧畜舎が見え、少し牛と戯れてから、道を右にとり山に入る。この山の中腹にこの城がある。
近くに錦生公民館がある。
決して一人で登らないように!
説明他
大和国室生と伊賀国名張間の山中に残る「黒田の悪党」の城砦の一つ。
西側からの山塊が名張川に入り込む舌状丘陵の先端にこの砦がある。「天正伊賀の乱」で破棄されたのであろう。
これまで見つかっていた尾根を切断する堀切がそのまま縦掘りとなる防御施設。そのさらに上部により大きな
堀切が発見された。南へ伸びる縦掘りは20mほどで崖に当りそれまでだが、北へ延びる縦掘りは50m以上も
伸びて土塁も一緒に構築され、削平地まで伸びていた。削平地は山田と判断した。土留の石垣が目に入ったが、
古くて近世、おそらく明治か大正と思われる。
当初の馬蹄形の堀切の先は見張り台と判断した高まりの下には、東西7m南北10mの削平地がある。此処への
虎口は北から右へ回り込み入る形になっている。この廻り込むところに2石の石積が残る。その城道を下ると、
今は耕作地となっている主曲輪に入る。耕作地は東西25m南北40mあるが、そこまで曲輪は大きくないだろう。
更にその下部に縦掘りが見つかった。北の端で主曲輪の際から東西に20mの長さ、堀幅は2mで、箱堀と見られる。
更に詳細に見ると、この縦掘りに対応するように南にも縦掘りの痕跡が残っている。
☆所在地 三重県伊賀市川合字上山






2012.2.5 & 2.9 撮影