城氏城           Topへ

 行き方
伊勢路の掛田城の近くにある城跡である。随分以前掛田城を訪問した時、崖下にある欠田さんのお世話になりました。
場所は、近鉄大阪線伊賀上津駅下車、ほぼ真南にある丘陵上に残っている。城田さんというお方の(小生の画像の
「遠望」を見て下さい、それが城田さんの家です)裏山である。 自家用車で行く場合は、国道165号線近くの旧初瀬
街道沿いの道路を走り、城田さんの家脇の小道を上って行った。駐車場は無い。R165を西に向かい、200m程走ると
トンネルの手前右側に廃れたパチンコ屋があり、その空地に無断駐車するもよし、或いは東に向かい、瀧製材を超えた
辺りに無断駐車するも結構です。ただし、時々警察がパトロールしておりますので、その際は、速やかに移動と陳謝を
行った後、警察の指示に従う事をお勧めする。

 歴史的事項
城氏については、詳らかでは無い。 ただ、城氏という名前から想像をたくましくすれば、治承・寿永の乱の城氏の末裔
ではないか。 
源平時代、越後国に栄えた城氏は伊勢平氏が力を持つと重用され、源義仲(木曽義仲)の軍と闘い惜しくも敗れた。
それ以後は勢力を急速に衰退、建仁の乱(1201)の後は史上に姿を消す。
史上はそうかもしれないが、伊勢平氏の勢いが衰えた後も伊勢では平氏の峻動が続いている。余談だが、今でも平家の
落武者伝説として伊勢各地に残っている。これを参考に、治承・寿永の昔、伊勢平氏の片棒を担いだ時期、城氏の末裔の
一派が伊賀地方に地歩を築いたとしても許されるのではあるまいか。

 見所

この城を攻撃する時は、虎口まで右上からの攻撃に対し耐えなければならない。その大手道は少し雨が降ると直ぐ
ぬかるむ、攻撃するのは決して楽ではあるまい。虎口は右折である。右利きが多い日本人を全く愚弄するほどの細工で
ある。かような防御を高めた構造にしたこの城の見所は、圧倒的な土木量である。
高さはゆうに10mを超える。南北50m東西30mを掘削し、処分する。更に頂上部を土塁として削り残し、横堀と縦掘りを
築く土木量。これほどの土木量を処理する前に何か他に防御を固める事が出来なかったのかと思ってしまう。それほど
圧倒的な土木量である。

☆所在地 三重県伊賀市伊勢路

 

 

 

 
                                       2012.3.18 & 4.15 撮影