油日城 Topへ
数年前(2003.2.2)訪問したが、その時は「どうも腑に落ちぬが、まあこれで良いか」とやっつけ
仕事でお茶を濁してしまった。このことがいつまでも喉の奥に引っ掛っていた。
漸く再度訪問する機会があり勇んで見たものの、今回もなかなか位置を特定出来ない。
そこで最後の手段と地元の方に尋ねてみた。
訪ねた方は山下春美さんといい、お訪ねした時は高校野球をテレビ観戦してみえた。 最初は
「う〜ん、知らんなあ」と見知らぬ当方を怪訝そうに気乗り薄だったが、お話しをするうちに私ども
の熱意が伝わったのか「それやったら、家に地史があるから探したろ」と奥から持ってきてその
記述に興味をひかれ 「おお、これか!これやったらわしの土地や。そうやったらこの城跡まで
連れてったろ。 おおそうや、詳しいのが居るさかいに一緒に連れてったろ」と、地史を編纂された
別の山下さんを引っ張ってきて貰った(この集落では山下さんがあちこちにお見えになられます)。
山裾で「この山や!そしてこれはここ!あれはあそこ!」と説明してもらいました。
山下春美さん、本当にお世話になりました。ついでに地史のコピーをさせて貰いありがとうございます。
今の金儲けに目が行きがちな現代において、在りし日の郷土に興味を持つ人がいる事は、私ども
余所者から見て貴方様のような方がお見えになると本当に気を強く持つことが出来ます。
こんな場所からですが感謝申し上げます。
油日神社正面の道路を、杣川を渡って直ぐの東側の山頂がその城跡。
以前は杣川と平行するように山地が続いており、右手(西側)の丘陵(現:墓地)から大手道が延び
高さ2mほどの土塁が残っていた。大手道は左に曲がり乍ら登り、城の土塁を右に見て登りつめた所に
虎口があった。 現在は土塁の部分を壊し道路が通っており、土取りその他で地形が変っているが
虎口や曲輪内部は影響を受けていない。(地史編纂の山下さんのお話)
伊賀・甲賀に特徴的な単郭方形の城跡で、西に延びる二本の丘陵先端に見張りの砦を設けていた
ようだ。またいざという時には神社で結束を図っていたようだ。神社が主殿の代用だったのだろう。
馬蹄形の先端にそれぞれ支城を持ち、最奥部にこの神社と本城を置いている。
☆所在地 滋賀県甲賀市甲賀町油日


2006.8.20 撮影