赤尾氏舘跡        Topへ

赤尾氏の中で有名なのは、赤尾美作守清綱でしょう。彼は、浅井長政の重臣で、赤尾氏のみが山上の
城郭部分に屋敷を構えている。此の事から浅井氏の「小谷三人衆」として雨森氏・海北氏と共に「雨・海・
赤の三傑」中でも筆頭家老的立場として位置づけられていた。


その舘跡は、木本町赤尾の集落中心と考えられる。集落へ南から入る道は、大きく西に迂回して北へ抜けるが、
この道が迂回して出来たコの字型の部分が、赤尾屋敷跡と考えてよい。不自然に屈曲する道が、屋形の跡を
示しているのである。

                              戦国浅井戦記  「歩いて知る 浅井氏の興亡」 
                               長浜市長浜城歴史博物館 編著 2008年



浅井氏滅亡後は旧主京極高次の臣となり、関ヶ原役の後には出雲京極氏に仕えたが、後、越中前田家
重臣として明治を迎えた。

☆所在地 滋賀県長浜市木本町赤尾

 
                                                  2011.12.3 撮影