尼子城         Topへ

尼子城は京極家代五代で室町幕府重臣の「バサラ大名」としてその名を天下に轟かせた京極高氏
(道誉)の嫡孫、備前守高人が甲良庄尼子村を領有し尼子氏と称した。そのころ本家京極家の居城
勝楽寺の前衛城として築かれたのが尼子城です。

嫡男出羽守詮久以後近江尼子氏の居城として、南北朝の動乱期 京極家の有力連枝、旗頭として
重きをなしていたが、打ち続く戦乱で城は落ち、一族家臣達は四散したと考えられるが、山陰山陽に
覇を握る分系の雲州尼子氏を頼り、彼の地で活躍した一族家臣も多く近江尼子氏は史上から姿を
消します。                  ー 尼子城の堀跡、殿城池看板より
 

街中へ入って行くと「どこかで見た風景が・・・」と少し考える。
「そうだ、伊庭だ!伊庭そっくり!」。 街の中を道路が走り、道路の片側には用水路。
この近江地方では用水を中心として上手な水の使い方をしている。

この城は、住泉寺付近を中心にその寺の裏には土塁と水堀が復元されて残されている。また、すぐ
近くにも前述の殿城池という堀跡が残されている。

このお寺を訪れた時、住職の奥さんにお会いし殿城池に案内していただいたり、素晴らしい鬼瓦、
150年以上も昔の鬼瓦を見せていただいた。
帰りには「もらい物だけど」と美味しそうな野菜類をいただき、恐縮してしまいました。


☆所在地 滋賀県犬上郡甲良町尼子

 

 2006.11.23 撮影