朝妻城 Topへ
「朝妻城跡は中島神社を中心とした一画に築かれていたと考えられている。 地元ではここを『殿屋敷』と呼び、
近年まで一辺200m四角の水濠が残っていたようで」、 画像の水濠跡が今残っている状態です。
「朝妻城は新庄直昌が築き、その子直頼は浅井氏に属しましたが、後に織田信長に降り、秀吉の馬廻りとなって、
子孫は常陸麻生藩主として明治まで大名家として残りました。」 米原市教育委員会
☆所在地 滋賀県米原市朝妻筑摩

2011.3.10 撮影