八幡山城 Topへ
豊臣秀次が秀吉の命により作り上げた町で、現在も盛んな活動が行なわれている。城下町は、
安土より引っ越してきたらしくそのような所以を持つ町名が残る。
城は、町を見下ろす八幡山の頂上にある。あちらこちらにそれらしき遺構が残ってはいるが、
ハイキングの観光コースとなっているので、小生には不満が残った。今は宗教法人の持ち物と
なっていることもその一つかもしれない。
数年後山麓に秀次時代の石垣の存在を知り、画像に撮ったことで胸のつかえが少しは収まった。
☆所在地 滋賀県滋賀県近江八幡市宮内町

04.05.22撮影 05.11.20 撮影
再訪
2011年12月17日、お馴染みの「淡海の城」のメンバーや滋賀県教育委員会安土城郭調査事務所の方々と、
近江八幡城を行事の一環として訪問した。今年は、久しぶりの木戸先生もご一緒だから楽しい講座になりそうだ。
もしかして、高座になったりしないかな? 期待半分、しめしめ・・・・・
小生がこの城に来たのは何年前だろうか、今回数年前の台風による土砂崩れによる被害は、すっかり復旧して
いた。そのおかげで、前回は遠慮していた大手虎口を説明付きでお見せしていただけた。木戸先生からは、石垣の
積み方を個人的に教えていただき、この石垣積みの不思議を堪能した。
また、村雲御所が残っていた為、前回は行けなかった頂上に行けたことで、今回は主郭枡形を画像に捕えることが
出来、ありがたかったです。
少し残念なことは、各曲輪の役割の説明があったのかどうか、かなり経ってから処理をしているので忘れてしまった
こと。そういえば一月以上経っているものなぁ。
☆所在地 滋賀県近江八幡市宮内町


2011.12.17 撮影