八町城 Topへ
豊郷町八町にある常禅寺の山門前の石柱に『八町城跡』と刻まれている。
この城は、以前訪れたことがあり、そのときの画像が残っていた。 しかし、何処なのかさっぱり判らない。
ところが有能な同僚は、我がナビゲーターであり外付けハードでもある、その日付を見るや、パラパラと手帳を
捲ったかと思ったら、「ああ、それは八町城だ。 そのとき、狩野城、八町城、目賀田と書いてある。」と即答する
ではないか。 八町城? と答えられてもピンと来ない。 しかし、こういう時は本当に心強い。 そして、それから
久し振りの訪問であった。 近くへ来て見れば、やはり思い起こすもので、懐かしかった。
八町城の城主は、赤田氏で摂津源氏の渡辺党の末裔のようだ。 有名な渡辺綱の七世の孫 恒の次男 等が
赤田氏を称し、足利高氏に属して戦った。
八町城を築いたのは、隼人正隆(たこう)で、永正年間(1504〜20)といわれる。 隆は江北の浅井氏に従い、
六角氏と戦ったが、戦いの無いときは、領内の水利をはかり、橋を架け道を開き、領民から敬い親しまれている。
61歳の時常禅寺を建立し、家督を嫡男に譲り、弘治元年(1555)逝去した。
城跡は、常禅寺と隣り合わせにある白山神社とその周囲に残っている。土塁が主な遺構であるが、この周辺には
まだ中世の匂いが色濃く残っているようだった。
☆所在地 滋賀県犬上郡豊郷町八町

2003.5.1 撮影

2010.3.20 撮影