今井家墓所 Topへ
今井氏は、その祖を田原藤太秀郷といい、三郎太夫俊季の時代に箕浦に居住したと「今井系図」などで
伝えられている。 「江北記」では、京極氏の根本被官筆頭に記載されている名族である。箕浦城を居城に
在地領主制を展開し、惣領制により派生した庶子などを被官化させ、広大な箕浦庄を領地として、天野川
流域最大の領主に成長していった。
ちなみにその庶子は、井戸村氏・嶋氏・岩脇氏をはじめ、江北諸藤と言われる者は堀、顔戸、安食、海津、
若宮、黒田、新庄など。
由緒ある今井家の墓所は、西円寺集落の奥まった場所に残る大雄山西圓寺です。 いまこの寺は黄檗宗の
寺院として郷の人々の尊敬を集めているが、もともとは天台宗の有力寺院でした。今井氏の墓所は、この寺の
裏山を少し登ったところにひっそりと建っている。
一基の宝篋印塔と一基の五重石塔、そして棹を持つ墓石が並んでおり、箕浦庄を統治した領主今井権六の
姿を想像するとき、盛者必滅の理を思い浮かべるのは私一人ではないでしょう。
なお余談ですが、この集落の入り口に建つ西円寺公民館の場所は字を「大門」といい、昔は文字通り門が建ち
門番がいかめしく立っていたのでしょう。 (画像「西円寺集落」の右端の明るい建物の所)
☆所在地 滋賀県米原市西円寺

2011.3.10 撮影