海北氏館 Topへ
安土桃山時代を代表する画家・海北友松の家に伝来した「海北家由緒記」によれば、友松の父・
善右衛門綱親は、近江坂田郡の出身で天正元年(1573)の小谷落城の折、戦死したと記されている。
海北家は浅井氏の家臣であった。「浅井三代記」にも「海北善右衛門尉」の名が、亮政時代から見えて
いる。他にも幾つかの古文書に海北家は北近江の出身である、と記載されたものがある。
一方・海北家に伝来した「海北友松夫妻像」(重文)は、その子友雪が描いたものだが、その賛文に
海北家が坂田郡大原庄の地頭大原重綱の末裔と記している。しかし、大原には海北家の館跡と伝える
場所は無い。小生が瓜生町の珀清寺から頂いた「海北友松とその族」(先の住職・海北顕英 著)には、
「江源の嫡」として大原氏を尋ね、その枝・白井氏を訪ねるも実を結ばず、様々な角度から祖先「友松」の
足跡を探した。
「淡海木間攫」や「江州佐々木南北諸士帳」などによると、浅井郡瓜生に海北善右衛門という浅井氏家臣が
居住していたと記している。その館跡は集落中心部にあったと推定するが、明確には判らない。ただ同地の
珀清寺は友松の末裔であると伝えており、今は海北家館の所在地は浅井郡瓜生町(現・長浜市瓜生町)が
有力である。
☆所在地 滋賀県長浜市瓜生町241
2011.12.3 撮影