小堤城山城 Topへ
中井均編「近江の山城 ベスト50を歩く」に紹介されていた。初めてこの城の名を聞いた気がした。
が、実はそうではなく数年前にこの辺りを探していた際、この城も聞いたが夏の暑い中だったので、
再度チャレンジしようとそのままになっていたのだ。
「城山 ○○u」という林業組合の看板から入って行く。尾根と尾根の中が城道であり、尾根には
それぞれ削平地があり家臣団の屋敷地である。 所々に石塁の残る城道を眺めて進んで行くと、
傾斜が強くなった辺りで左に折れて行く。腰巻石垣が残っている。石垣にはノミの跡が残っている。
当時のノミは角が丸く、厚みがあるようだ。傾斜がきつくなった道を進むと突き当たり右に折れる。
突き当たりに二段になった石垣が残る。 右に折れた道は左に折れ坂を登っていく。 着いた所が
Wの曲輪、主曲輪である。
主曲輪の東北に曲輪UとVの間の掘切から次の曲輪を目指す。 Vの曲輪の東側と北先端には
得意の石垣がある。 特に北側の石垣はまだ算木積にはなっていないし稜線も整っていないが、
角の石垣が残っている。Uの曲輪の北隅には見張台に使える小山が残っており、南西側の虎口が
枡形のように見える。その枡型虎口の両側は石垣で固められている。 虎口を下ればWの曲輪に
入る。枡型虎口や見張台のことからこの曲輪が主曲輪ではないのかな?
Uの曲輪の上部をがむしゃらに登ると、Tの曲輪に到着する。城山神社が祀られていた。安全を
祈願し参拝する。見晴らしは非常に良い。曲輪周りの木々が切り払われていれば360度の展望が
利く。
この城の城主は近江守護六角氏の家臣永原氏。 この地域は、本来馬淵氏の勢力範囲だったが、
16世紀の初頭からは永原氏がこの地域で勢力を急伸。 六角氏の直臣となり、軍事的、行政的に
家臣の中でも中心的存在になる。 この城は石垣を多用しており、家臣団クラスではこうも行かない
だろう、との判断から、六角氏の意向が強く働き、六角氏の支城制に組み込まれていたのではないか、
と福永清治氏が述べておられる。
☆所在地 滋賀県野洲市小堤・辻町










2008.1.4&5 撮影