上坂氏館跡   Topへ      

戦国時代に京極氏・浅井氏の家臣であった上坂氏の館跡です。上坂氏は、室町時代から北近江の
守護であった京極氏の有力家臣で、戦国時代には上坂家信・信光が出て、京極氏執権として湖北
統治の実権を握りました。さらに、伊賀守意信は浅井氏に仕え、天正元年(1573)の浅井氏滅亡後は、
その子正信が秀吉の弟・羽柴秀長の家臣として各地を転戦しています。関ヶ原合戦の際、西軍となり
敗れた事で帰農、正信は父意信の弟信濃守貞信から屋敷地を受け取っています。上坂氏は中世以来
江戸時代に至るまで、姉川から取水し北郷里地区を灌漑する「郷里井(ゴウリユ)」の管理者として知られ、
姉川上流や北岸の村々との争いに際しては、その代表者として臨みました。館跡は土塁と堀に囲まれた
複数の城館からなり、今も「いがんど」(伊賀守屋敷)や「しなんど」(信濃守屋敷)の地名や土塁の一部を
残しています。
                              ー 案内板より ー

☆所在地 滋賀県長浜市西上坂町

 

 2008.11.16 撮影