鈎陣所跡 Topへ
足利幕府第9代将軍 義尚の六角氏征伐の時の陣屋と言われている。 寺の周囲に残る土塁は当時のものと
いわれている。六角高頼は三雲へ逃れ、そこから甲賀の諸氏へゲリラ戦の指令を出し、将軍義尚は、遂に陣没
してしまう。
永正寺の説明文
「当寺は、室町幕府9代将軍 足利義尚が長享元年(1487)十月から同三年(1489)三月までの間、
この地に構えた“御所”跡に建立されたといわれる。義尚は、義政と日野富子の長男として寛正六年
(1485)に生まれ、文明五年(1473)将軍に就任した。応仁の乱で諸国が乱れ、将軍の権威が失墜
する中での就任であった。近江には長享元年、守護六角高頼征伐のために近習・奉公衆ら直轄軍を
自らが率いて出陣した。大津市坂本から「鈎之安養寺」へ、そして「真宝館」へと陣替えをしている。
当時とその周辺に残る土塁や堀跡などが陣跡の遺構であるといわれる。」
平成13年3月 栗東市教育委員会
☆所在地 滋賀県栗東市上鈎

2010.2.6 撮影