佐和山城 Topへ
発掘調査 現地説明会のページへ
ご存知石田三成の居城。 古くから中山道を扼する要地であり、城はあったが、今のように
広くしたのは光成である。
「光成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と言われたように、最盛期には
さぞ立派な城であったのだろう。今は何も無い、ただの城跡。 天下普請として徳川の家臣
井伊家の彦根城を作るため、徹底的にこの城の物を利用し、廃城としたので、石垣の石さえ
残っていない。築城に当たる豊臣恩顧の大名連はどんな気持ちで携わったのだろうか。
国道8号の彦根市側の登城口に車を停め、軽快な散歩道を歩くこと数分で、キツイ登りにな
る。
太鼓丸や哀愁帯びる女郎谷、千貫井、わずかに残った石垣の石を見つつ本丸に到着。
山上からの眺めはいつ見ても素晴らしい。
☆所在地 彦根市鳥居本町

法華丸

本丸 千貫井

残存の石 三の丸
大手門跡 2002.11.30 撮影