高野城 Top
高野城は、愛知川に臨む高野地区の西側に残っている。 発掘調査の結果、虎口や石垣が出土したものの
今は埋められた、とされている。 しかし、現地に赴くと写真にあるとおり、川原石を用いた野面積みの石垣が
残っており、当時の風景を髣髴とさせてくれる。
この辺りは、小椋氏(小倉氏)の領する所で、この城も小倉氏が築城したものと思われる。 小椋氏は、南北朝
以前より愛知郡小椋庄に小倉城を築き、愛知・神崎・蒲生三郡東部に勢力を扶植した。蒲生氏や佐々木六角氏
との関係が深く、戦国部将蒲生氏郷の弟の実隆が小倉家当主になっている。 ところで、織田信長の側室に
『おなべの方』と、言われるのがいたことをご存知であろうか。
この人は、佐々木六角承禎の家臣 高畠源兵衛の娘で、小倉右京亮の妻であったが、右京亮が蒲生定秀との
戦いに戦死してしまい寡婦となった。 その後、どういうわけか岐阜に赴き二男一女をもうけた。 織田を辞した
おなべの方は、 この城へ戻ってきた、と巷説されているが、いかがでしょうか。
☆所在地 滋賀県東近江市永源寺町高野町

2009.12.27 撮影