田屋城                Top へ

雨の降る中、ウォーキングの会の方に同行し、標高320mの城山に登った。
説明してもらったのは、石田敏さんで高島の校長先生。
多くの竪堀と堀切、土塁で囲繞された郭などまだまだ往年の面影を色濃く残している。
奥の郭の枡形虎口、その奥の駒返しの堀切を画像に残せなかったのは残念だった。
それと天候。雨天の為、城跡からの素晴らしい眺望も残念。

☆所在地 滋賀県高島市マキノ町森西稲山

 

  
                                 2003.11.22 撮影

2008年

 田屋城は各曲輪を土塁で囲み、畝状堀切群や枡形虎口、横矢などの特徴から戦国末期の特徴を備えている。
 地形の制約からか、曲輪の平面形が方形とならない点や、横矢や枡形虎口が部分的なものに留まる点は、
 織豊系城郭としては不十分な点である。


 田屋氏は、高島郡北部の在地土豪で、東山麓の沢の集落に居館を構えていたとされる。 
 また、田屋氏の娘婿が浅井亮政といわれている。
 「鹿苑日録」によると、城は天文七年九月 浅井方の田屋氏が「山城へ引退」と記載されていることから、既に
 築城されていたようだ。

 

 

 

 
                                                      2008.9.28 撮影