羽豆城               Topへ

南北朝期、南朝の拠点として重要な役割を持っていた。足利尊氏の勢力により交通の要所を抑えられた
南朝が、東国から根拠地の吉野へ向かうコースの一つであった。

1.「太平記」によると歴応三年(1340)脇屋義助が根尾城に立て篭もるも、土岐頼遠 頼康に攻め落とされ
  吉野へ逃げ延びる途中立ち寄った。
2.「信濃宮伝」宗良親王が正平二十四年(1369)犬山を出て羽豆岬より伊勢、吉野を目指す。
  後、永享六年(1434)一色氏、明応八年(1500)戸田氏、天文八年(1539)佐治氏、他に水野氏や
  佐治氏の陣代千賀氏がこの半島に勢力をはり、最後は信長に属するようになった。
                      
                         −近くの説明板より−

☆所在地 愛知県幡豆郡幡豆町大字西幡豆字貝吹


 
                                         2008.6.1 (6.8) 撮影