揖斐城 Topへ
美濃土岐氏を語る上でこの揖斐城を抜きにしては語れない。
南北朝期、谷汲山など山岳宗教は南朝に属したのに対し、土岐氏は北朝側に拠って活躍した。
揖斐川の扇状地の扇の要にある揖斐川町には、南朝側の南部進行を阻止する為の居城として
この揖斐城を築いた。城は連郭式で、よく整備され案内板など説明文を各所に立てられており、
把握しやすく配慮されている。堀切や竪堀が設置せれているものの堀切脇に土塁は見られず、
斉藤道三により廃棄された説明のとおり、一時代前の城という感は免れない。
ただ、主郭虎口が枡形であったようだが、この辺りは少し不可解な感じがする。たしか枡形は
もう少し後に登場したのではなかったのかな。
☆所在地 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪(城台山公園)





05.09. 08 & 10 撮影