樺野沢城        Topへ

「吉野朝時代、新田義貞臣田中右衛門尉居城(し)鞠子城という。 上杉時代樺沢城という。 初めは
坂戸城主長尾氏の番城であったが上杉謙信越後平定以後、春日山城の番城となり、上杉軍団関東征旅の
宿城となった。
城代は栗林・黒金・宮嶋・登坂氏が当たった。 この地区、段丘館跡武家屋敷にて、東南城下に桜町と称し
往古の遺跡を残している。 


城跡本丸は高く(330m)、数個の段層、帯曲輪、空堀等、その築城法県下に比類がない。 
慶長三年 上杉景勝会津移封直後廃城となった。 

                             城史撰文  高橋水山    樺沢城跡保存会 」
                                                     登城口に建つ説明文より

この城に行くには、国道17号線を長岡より南下すること30分ほどだろうか、スキー銀座の中でも大きな、
「上越国際スキー場」の看板のある信号交差点を右折する。4,5分も走ると『樺野沢城跡』の看板が見え、
『龍沢禅寺』の駐車場に停め城跡に登った。

登城口の説明板を読むと、本来の登城口はこれより線路を挟んで300mほど西にあり、JR線の敷設に伴い
移動したようだ。この登城口から暫く登ると、登城を監視する台場や土塁・堀切など要害が残っており、納得
できる構造となっている。


それにしても、上杉軍でこれだけ守備的構造を持っているのは解せぬ、と考え諸資料を漁ると、謙信死後の
「御館の乱」の時、北条軍により一時占領されたようで、その時改修されたのではないだろうか。

この城跡は、説明文がよく残っており有難いことです。城跡保存会の方々ありがとうございます。

☆所在地 新潟県南魚沼市塩沢樺野沢

 

 

 

 

 

 2010.7.31 撮影