北方城(揖斐) Topへ
現地説明板には「建武延元の頃吉田休三入道ここに城を築きしという。建武3年、後醍醐天皇再び
叡山に行幸せられ叡山を以って南朝の策源地とせられた。越前金ヶ崎城がおちると、新田氏の一族
堀口美濃守貞満は根尾谷に退き根尾城主根尾入道貞氏、岐礼の豪族山本貞元、吉田北方城主
吉田休三入道、長嶺城主山岸新左衛門光頼などに相呼応して北朝に抗し、美濃の土岐氏と戦った
ことは、谷汲の戦、長瀬の戦、揖斐野合戦、などの合戦に見える。」と書かれていた。
今日では、市民の公園となり親しまれているようだった。
遺構は南北朝期の城なので削平地のみ。ただし眺望は良い。
☆所在地 岐阜県揖斐郡揖斐川町北方

05.09.08 撮影