鞍谷御所跡      Topへ

「室町末期の鞍谷氏の館の一部で、味真野神社境内を囲むようにして土塁・空掘りを残している。

中世に足利義満の次男上杉禅秀の乱に連座して殺され、その子嗣俊が住み、鞍谷氏を称し三代
栄えた。

最近では、斯波義俊の館跡と言われる。義俊は応仁の乱の原因になった斯波家家督相続争いの
斯波義廉の子息で、朝倉氏によって名目上の守護として越前に迎えられ、子孫は鞍谷氏を称し朝倉
氏と姻戚関係を結び、朝倉氏滅亡後は小丸城を築城した佐々成政と臣従関係をむすんだ。」

               
                     現地案内板

☆所在地 福井県越前市池泉町

 

  2007.11.6 撮影