丸子城             Topへ 

「丸子城は、創建年代は不明だが今川氏による駿河の支配が始まる南北朝にさかのぼる可能性がある。

丸子から宇津ノ谷にかけては、連歌師宗長の『宇津山記』に記されている豪族齋藤加賀守一族の支配地
でした。斉藤氏は泉ヶ谷に居館を構え、今川家の家臣団の一員として駿府の西の守りについていました。

永禄11年(1568)甲斐の武田軍の駿河侵攻に伴い、この地も武田氏の勢力下に置かれ、甲斐の山県昌景
などの武将が在城し、今川形に備えていた。丸子城はこの武田氏の時代に今我々が見るように改修された。

天正10年(1582)徳川家康は、持舟城での攻防を経て駿府を武田氏の支配から取り戻し、一時松平備後守
を入城させるが、天正18年(1590)家康の関東移封と共に廃城になった。
                                            静岡市教育委員会 平成7年3月」

国道1号線を丸子地区に入ったら、「吐月峰柴屋寺」の標識の通り進めば、この城の麓に到着する。
駐車場に入れて、案内板の通り山を登ること約25分で城域に到達する。武田流城郭の特徴である三角壕や
出曲輪をあちらこちらに見ることが出来る。 基本的に、北の曲輪は北側に横堀をめぐらし、西の曲輪はその
西に帯曲輪で防御している。

帰りには、名物「とろろ汁」をご賞味ください。野次喜多の「丁子屋」は木曜日休日です。どこで食べても旨い
と思うよ。

最後に、吐月峰柴屋寺の庭園を一度見てください。 心が静まること請け合いです。どうしてこの時代の、
室町の時代の、庭園は心が休まるのかなぁ? そのように作られている。といえばそうだが、特に有名な
小堀遠州が作庭したといわれる多くの庭園は、10年後、50年後にここにある木はどのようになっているか、
そのように計算されているとか。

☆所在地 静岡市丸子字泉ヶ谷


 

 

 

 

 

 

 
                                            2007.2.1 撮影